小春+跡部




 春告げ
 未来パロ?





 その出会いは偶然も偶然、まさか再会するだろうとは予想だにしていなかっただろうし、ましてや会いたいとすら願ったことだってこれっぽっちも無かっただろう。そんな相手が、重い目蓋のせいで狭められた視界へと顔いっぱいに映り込んでくるものだから、跡部景吾も少しは驚き、身動いだ。
 その時突いた手が、ぴちゃ、と音を鳴らした。彼が突っ込んだのは水溜まりで、それを認識した途端寒気がふるっとその身に襲いかかる。どうやら、細い路地で無様に眠りこけている間に雨が降ったらしい。仕事用のスーツ、ネクタイ、革靴、その他諸々すっかりしわくちゃのびしょ濡れで、ちっ、と舌打ちする外に彼の憂鬱を晴らす手立ては、ない。
「珍しいわね、こんな小汚いところで眠る王様なんて聞いたことないわよ。この邂逅、運命、かしらね」
 この厭ァな偶然を、とぼけた声で運命だと抜かすロマンチスト崩れは中学時代、何度か顔を合わせた程度の相手、金色小春だった。
「……金色、か」
「やぁだ、小春、って呼んでよ」
 そこで、変わらねぇな、と軽く笑っても良かったろうに。冗談で嫌がる振りをするのもありだった。が、暫く到底そういうギャグとか明るい会話に乗れそうな気分では無かったので。跡部はそれをぼうっと聞き流した。
 心配を掛けるつもりは無かったのだが、取り繕えなかったと察したらしい小春は、優しい表情で尋ねる。屈み込み、膝上に両手を組んでいることから、相談にでも乗ってくれるのだろうという気が窺える。
「どうしたの、」
 顔が近い。俄然近い。しかし不思議と嫌悪感はない。手を出されるか懸念しているかと聞かれれば、してはいるのだが、そのことはさして問題ではないように思えた。彼が好きだから、とかではなく、嫌味の無い聞き上手の空気が、跡部の心にそっと沁みたから、である。
 しかし、久々に向けられた優しい視線、というやつは、温かいが温か過ぎる。居た堪れなくなって、すっと目線を下に逸らせば――まるで本音が出たように、悩みの種に目を向けてしまった。少し遅れて、小春も勿論それを見る。
 跡部景吾の左手は、少し傷のついたリングケースを包んでいた。
「――捨てられた?」
 そこからその台詞を発送するなんて、流石IQ200といったところか、いや、成長した今はもっといっているのかもしれない。もしくは恋愛沙汰には敏いのか、それとも単に勘なのか――兎に角、彼の指摘はあながち間違っていないことは確かであった。
 跡部は些細な訂正を加えた。彼のプライドの問題で。
「いいや、捨てたんだ、俺が」
 可細い声で、もう一度。
「……捨てたんだよ」
 ――と、念押し。
 捨てた、というくせに、小春の目には捨てられたようにしか映っていない。只、跡部は見栄を張りはするが、嘘は吐かない人なので、「捨てた」のは事実なのかもしれない。そう、捨てられる前に捨てた、くらいの調子に聞こえるのだ。そして、小春の憶測はまたもや大方正しい。
 弱々しい声が紡ぐ強がりなんかでは、彼の目は欺けない。

「やだ、酷いオトコ」
 くす、と小春が微笑む。罵っているくせに気分がそこまで害されないのは、この男の会話のテクニックだ。まるで接客業でもしている奴の口振りで、それでも嫌気はさして無く、寧ろ謗られた方が程良く心地良い。罪の意識があるからだろうか。誰かに正されたい気持ちでも察しているようだった。
 それでいて、こうも言う。
「でも、嫌いやないわ、そういう姿は」
「……へえ、お前の好きな物はイケメンじゃあなかったか、あーん?」
「あら覚えていてくれてたの?嬉しい!――せやけど、完璧さだけがイケメンの取り柄じゃないでしょう?」
 おどけておいて、肝心なところでしっかりとぐさり、突いてくる。しかし、この痛みは知るべき痛みだ、と跡部は内心痛感した。
 ――金色小春は立春を告げる。まともに帰れない程飲んだくれて、小汚い路地で高級スーツを駄目にし、リングケース片手に呆然としていた――すっかりみすぼらしくなってしまっていた跡部に、「切っ掛け」を贈る。

「いつも強がってる癖に、たった一人の前では弱味を見せる、ええやないの、とっても魅力的で」

 意固地になっている跡部には、泣きたくなる程それが響いた。


 ――求められている跡部景吾像、というのを、彼は物心ついた時から意識していた、せざるを得なかった。結果、そのように振る舞うことが癖になり、苦に感じることはあまりなかったが。そうやって堪えるような経験だって幾つかしてきたわけだ。
 そうやって、誰彼の期待に応えてやるのは構わない、でも、それでも、自分の前でだけは――。
 再三再四、恋人からしつこいくらい差し伸べられた救いの手。その都度振り払ってしまった自分。結局、やさしさを拒み続けるのが辛くなって、居た堪れなくなって――醜態を晒す前に、切り捨てたつもりだった。格好良い跡部景吾のまま、その人の中で終わって欲しかった。
 ――とかいった、馬鹿みたいな話だ。
 本当に、馬鹿だ。なんて浅慮な餓鬼なこって。相手が求めていたのは、どんなことがあっても挫けず頼らず独りで強がり続ける男――ではないだろうに。
 弱音一つ洩らさず格好良く去ったつもりか跡部景吾、これを醜態と呼ばず何と云うのだ。


「……そうか」
 ――そう思えば、ぐさぐさと突き刺さっていた痛みに拍車は掛かるものの、今度はじわじわと、何かしらのエネルギーに、活力に昇華していったのだ。
 それらは跡部に命令する。立て、胸を張れ、そして歩け、お前の居場所は此処では無い、と。どこからか聞こえてくる指令に促されるままに、重たい脚を少しずつ立たせていく。小春はそれを屈んだままで見守っていた。
「ええ」
「なあ、そんな物好き、お前以外にもいると思うか?」
「失礼ね、人類の総意よ」
 この男が言うと、真実味は無くとも嘘臭さも無くて困る。
「……ッハハ!そうかそうか」
 清々しく笑ってみせると、手でスーツを叩き埃を払い、跡部は左手にある物を大事そうにポケットにしまった。二つのリングが入ったそれは、まだまだ現役で活躍して貰わねば困るのだから。
 きちんと立ち上がった跡部に小春は舌から微笑みかけた。
「辛くなったら、またアタイのところに来たら良いわ」
「なら、二度と会わねぇだろうよ」
 自信満々にそう返せば、小春は「いやん、男前」と言っては目を瞑り、唇をぐっと突きだしてきた。何故かこのタイミングで誘われている。勿論応えてなんかやらない。

 一笑いして背を向ければ、後ろからラストエールが届いた。
「今度会うようなことがあったら、そうね、その時はテキーラ・サンセットでも奢ったんで、跡部きゅん」
 飛び交う紫色のハートマークがありありと想像できる。懐かしく悍ましい呼び名に背筋がぞわりとした。だが、背を正すには丁度良いような寒気だった、ような気もする。

 ――さて、とっとと帰宅して身支度を整え、「跡部景吾」らしく出勤しなければならない。みっともない二日酔いを耐え抜いて、定時までに全て仕事を片付てしまおう。酔いなんて彼にすれば良いハンデだ、上等だ。やっつけきったら、薔薇の花束でも買って――もう一度、会いに行こう。リングケースも忘れずに、だ。人生初めての二日酔いだって言ったら、馬鹿、と笑ってくれるだろうか?
 大雑把なプランを立てると、跡部はしかと歩き出した。

 夜は今にも明けようとしている。


 

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 テキーラ・サンセットの酒言葉
 小春はばりばりの商社マンを三十路くらいまで続けて金を貯めた後に急にオカマクラブのママに転職?でもしてたら素敵だなーとか思いつつ。





 ネタをくださったほねなしさん有難う御座いました(こっそり)



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