68
猿飛佐助side
あぁ、やっぱり強烈だ。
彼女に会うと、隠した自分の心が表へと顔を出す。
あの日。
上田で彼女の看護を受け……“明月”の手裏剣を託されたあの日以来、俺は月神香耶について調べるだけ調べた。
任務の合間に暇を見つけては越前や相模にまで足を運んだ。
香耶は一言で言うなら、素性の知れない女、だった。
その生まれも、親も、何もわからない。ある日、気付いたら越前の山奥に住み着いていたひと。
身分がない。ただの女。
それが、忍の俺に抱いてはならない夢を抱かせた。
もっと早くに出会っていれば。きっと、忍でもなんでもない、ただの“猿飛佐助”として彼女のそばにいられたかもしれない。なんて。
信仰では終わらない、欲が湧くんだ。
「早い話おまえも明月に惚れたということだろうが」
「才蔵……俺様がひとに惚れるわけないだろ」
惚れる……これが恋情、か?
部下の言葉をつっぱねるも、俺は内心で深刻に考える。
真田忍隊長が恋狂いって、しゃれになんない。殺せと命じられれば殺さなければならないんだから。
まだ、ころせる。引き返せる。
俺は結局返さずに持って帰ってきてしまった袱紗の中の水晶に視線を落とした。
「貸せ。おまえが返さないのなら俺が行って渡してくる」
「いい。俺が返すから」
水晶を取られないように懐に戻す。それを見咎める才蔵に、俺はぴんとひらめくものがあった。
「もしかして、才蔵こそ香耶に惚れちゃったんじゃないの」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………え、まさか本当に、」
「フッ」
才蔵は心底見下した表情で、俺様を鼻で笑った。それに若干殺意を覚える。
こいつ、上司を敬う気がかけらもないよな。無愛想だし。
「可愛くない部下だぜ」
「褒め言葉だ」
とにかく俺に真情を語るつもりはないらしい。
ただ。
「あいつはほの暗い夜を照らす。そういう属性の人間だから、闇に生きる忍が敏感にそれを感じ取り集まるんだろう」
「才蔵?」
──“ばくまつ”の時代から、何も変わらない女だ、と。
遠く、西の山を眺めながら、高く束ねた長い髪を風に遊ばせたまま才蔵はひとりごちる。
なぜだろうか、はるか昔を懐かしむように見えたのは。
よく知った部下が、このときだけはまるで知らない男のようだった。
※真田十勇士 霧隠才蔵。とある薄桜鬼キャラの転生者となっております。
← | pagelist | →