55
月神香耶side
夜。
躑躅ヶ崎館にお泊りすることになった私たちは、豪華な膳と酒宴でもてなされていた。
「どうだ、甲斐の酒は日の本一であろう」
「んーっうまい。こりゃ世界一かもねぇ」
「世界とは大きく出たのう! さすがは世界の夜を照らす月君よ!」
「あははー佐助くーん、もう一本」
「ちょっと、大将も香耶も飲みすぎなんじゃないの?」
何本あけたと思ってんの。なんて小言を言いながら盆を運ぶ佐助君は、すっかり武田のおさんどんと化していた。
「やだな。自分の限界くらい心得てるって」
「お言葉ですが香耶殿。限界まで飲んではなりませぬ。明日も歩くのですからほどほどに控えてください」
「はぁい」
うちの幸村に言われちゃあ仕方がない。まがうことなき正論だし。
私はなけなしの自制心を働かせ杯を置き、席を立って手水へ向かった。
手洗いを済ませ宴に戻ろうと、暗い廊下をひとりで歩いていると、知った人影とばったり出会う。
「? ……幸村くん」
「めめ明月殿、ここは暗く冷えまする。ゆえに迎えに参上した次第」
「あぁ……ありがとう」
信玄公にでも言われて来たんだろう。
婆娑羅の幸村君は女性が苦手だと聞いた。それで私に慣れさせようという試練か。なんともほほえましい。
そういえば無双の信玄公にも幸村と結婚せんかね、と言われたことがあったな。あの時も丁重にお断りした。こちらの幸村のほうは女が苦手だったわけじゃないと思うけど。
でもどちらの世界でも真田幸村って名の男は、私生活では不器用で不調法な傾向があるみたい。で、上司を同じ悩みでハラハラさせていると。面白い。
緊張した目のまえの背中を眺めながら歩く。
後ろで束ねられた幸村君の長い髪がふわふわと揺れていて、さわり心地がよさそうだった。
「明月殿はこの旅を終えたらお館様の斧をお作りになられると聞き申した」
「うん。婆娑羅武器職人としてのお仕事は久しぶりだけど、明月の名にも甲斐の虎の名にも恥じないものを打つつもり」
「それはお館様もさぞ楽しみにしておられることとぞんじまする」
そう。今回躑躅ヶ崎館に招かれた理由がこれである。ぶっちゃけ興味本位で呼んでみて頼んでみた、って行き当たりばったりな雰囲気もあったけど、私としてはこうしてただ酒が飲めて上客も手に入れられたんだから言うことはない。
本来、ひとの上に立ち政治に首をつっこむ仕事より、無心でものを作ったりする仕事のほうが好きなのだ。私は。
「つきましては……御手が空いたときに某の槍も拵えてはくれませぬか。無論正当な報酬はお支払いいたしまする」
「え? 君の二槍を? ……君、属性は?」
「某の属性は、お館様と同じ炎にございまする」
「……見たまんまか」
そうか。BASARAの真田幸村の属性は火だったか。無駄に熱い男なのでそんな気はしてたけど。
「聞けば佐助の甲賀手裏剣も元は明月殿に鍛えていただいたものとか」
「あれは成り行きと親切心でね……」
「佐助の命の恩人である明月殿に不躾な願いとは存じますが、某これよりさらに修行を積み、明月殿の槍にふさわしい一人前のもののふになって見せまする! ゆえになにとぞよろしくお願いいたしたく!」
「あわわわかったから、こんなところで平伏するのやめてくんない!?」
武将に土下座させて仕事を依頼される刀鍛冶がどこにいるっての!
もしや武田の武将ってのは一発殴らないと話を聞かない仕様なのか?
つまり私も、信玄公のようにこいつをぶん殴って止めるべきだったのだろうか。
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