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月神香耶side



さて日ノ本横断の道中、やってきました甲斐府中。

甲斐国は現代の山梨県に位置。武田氏の領国支配の拠点となった躑躅ヶ崎館(つつじがさきやかた)のある土地である。ここは武田氏の居館、家臣団屋敷地、城下町が一体となっており、武田信虎、晴信(信玄)、勝頼の三代約六十年にわたり府中として機能するのだ。

城下町は京風町並を意識し碁盤割りに整備されていた。



「今日は府中で一泊しましょう」

「賛成ー。美味しい川魚が食べたいな」

「ここは地酒もな……クク」

「…………」

周囲を山に囲まれ豊かな清水に恵まれたこの土地は、野菜も地酒も風味上等。
旅の醍醐味といったらやっぱこれでしょ。

すっかり酒食のことで頭が一杯な私たちに、風魔君だけはため息をついていた。



城下町の東西にある市場にさしかかり、荷駄と一緒に馬上に乗せられていた私は思わず馬から飛び降りた。

「……!」

「香耶殿!?」

風魔君と幸村があわてた様子で手を伸ばすも、私は忍のような身軽さでそれらをかわし着地。現代ではもっとあられもない格好もしていたため、多少着物がめくれたくらいじゃ動揺なんてしない。

「こたろー、あれ食べたい」

「腹が減ったか? クク……」

飛び降りた先にいた小太郎君の手をつかんで、目指すは目に付いた酒饅頭ののぼり。

地元の市場とか見るの、最高に楽しいよね。
なんて妙に所帯じみた目線の私の言動は、しかし歴戦の武将達の同意をいまいち得られなかった。



結局みんなで饅頭をほおばりながら歩く。

「ほー水晶の根付か。こういうのが名産なのかな」

「甲斐は良質の水晶が採掘されていますから、貴石細工が盛んですよ」

よかったらどうですか? なんて幸村に爽やかな笑顔で聞かれたら、いやいらない、なんて言えないわ。

ちょっと敷居の高そうなお店を覗き、工芸品の数々を眺める。簪や帯止め、根付などの意匠を凝らした服飾品の中で私が目に留めたのは、水晶やメノウで彩られた美しい瓔珞(ようらく)だった。



「とうとう菩薩になるつもりか?」

「とうとうってどういう意味さ、小太郎君。私は昔も今もただの人間のつもりだけど」

瓔珞というのは仏像(とくに菩薩像)の装飾のことだ。もとはインドの貴族男女が用いた、珠玉や貴金属に糸を通し首などにかけた装身具である。

これを女用に仕立てた伊賀袴に飾ってみる。で、被衣を使わないときにこれにひっかけとけば楽だし、しかも威厳もある。

「……いいかも」

風魔君もこくこくうなずいて「似合ってる」と言ってくれた。

というわけで購入。
銭は出してくれると言う男達を振り切り自分で出しました。

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