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何度此処で夜を過ごしたのだろう。
何度此処から飛び立ちたいと願っただろう。
少しは、と思っているのに私は、あの頃から何も変わってはいないのだと此処に来る度に悟っていた。



久しぶりに此処で室長以外と話をしたなと、カタカタとキーボードを叩きながら考える。
彼が何を言ったのかは知らないし知りたくもないが、此処に来る人間は今私の背後にいる「あいつ」本人以外と淡島副長以外は皆無に近い。淡島副長は私が来てくれないかと頼んだのだが。
最近調子が良い事に浮かれてミスをした。その事で残業するのは別に構わないが、屋上という私にとって聖地にも近い場所でするのは複雑な気分だった。
それでも新月の日はどうしても「あの日」を思い出す。飛びたい、と切望する。
私は新月の夜だけは此処から離れる事ができなかった。

「たった今、伏見さんが来ましたよ」
「知ってます。来るときに擦れ違いました」
「そうですか」

気付かされた気配は私の背後に立つ。

「何かご用ですか?」
「用が無ければ来てはいけませんか?」
「ウザいです」
「これは失礼」

いつも通りの会話だ。口調は変わっても、いつもこれが私達の始まりだった。

「で、本当に何のご用ですか?私今書類やり直しくらってるんで、手短にお願いします」

珍しい、とわざとらしく驚いた声を出す彼にはもう慣れた。

「少し話をしに来ました」
「帰って下さい」

仕方ないと思う。それなりに長い付き合いだけれど、彼がわざわざ直々に来てする話にろくなものが無いのは経験済みだ。

「まあそう言わずに」
「迷惑です」

つっけんどんに答えても室長はこちらに来る。私の要求を簡単に呑む様な人間ではないのは知っているし、もし彼がそんな人間ならきっと私は今此処にはいられなかった。
スッと彼が私に箱を差し出す。

「……今度は何を企みに?」
「人の厚意を素直に受け取れないのですか貴女は」

そうは言っても今までが今までだから余り信用できないというのが本音である。室長からのプレゼントに良い思い出は余り無い。

「箱を開けたら毒ヘビが出て来るとかじゃないなら喜びます」
「そんな事もありましたね」

そんな事、とは何だ。あの時は休日返上で屯所の大捜索に駆り出されたんだ。

「あの時能力全開で探させたのは何処の誰ですか」
「助かりましたよ?すぐに全ての有毒生物達を捕獲、排除できましたから」
「そうですか……」

ああもう、だから室長と話すのは嫌なんだ。
あの大捜索で室長は私にストレインとしての「力」を屯所全域に拡げさせて危険物を見つけ出した。
彼にとってあの事件は私の力を測る絶好の機会だった。回りくどい。私は彼のそんなやり方に違和感を感じていた。普段なら放置するが、自分が関わっているとそう言ってられない。

「いいから受け取りなさい。」
「……ハイ」

変な物だったら即行で消そう。そう思いながら箱を受け取る。
覚悟を決めつつ恐る恐る開けると、中にはチェーン状のブレスレットが入っていて、その中央には青い小さな石が嵌め込まれていた。

「ブルー・サファイアですか」
「わかりましたか」
「宝石は嫌いではありません。綺麗ですから。」
「そうですか……良かった」

室長が笑った。
その表情に私は呆気にとられる。
久しぶりに、本当に久しぶりに彼のそんな表情を見た。心から笑ったような顔。常に手駒を使って世界を相手に楽しんでいる彼が見せたのは、私がずっと昔に失った物の様な気がした。

「大切にしますね」
「……ええ、そうして下さい。」

その間が持つ意味に気づかずに私は腕に付けて空に翳す。
黄昏の陽に青い石が光った。
また空が遠ざかった気がした。