御影刹那は室長が連れてきたストレインで、任務で足を負傷し車椅子を使っているものの、仕事はそれなりにできるまあまあ有能な部下。それが伏見の彼女に対する見解だった。
実際それは的を射ていたし、最初の頃は彼女も「一見」普通に仕事をしていた。
これはそんな彼女が伏見の部下になってから数週間後のこと。
*
その時伏見は彼女を探していた。珍しく彼女の作成した書類に不備を見つけたのだ。タンマツにも出ない上に情報室にもいなかった。まだ定時まで少しあるから屯所内にはいるはずなのだが。
仕方なく伏見はたまたま通り掛かった淡島に尋ねることにした。
「副長。」
「伏見か、どうした?」
「御影、知りませんか。」
「御影……?ああ、そうか、今日は……。」
「……はい?」
淡島が発した言葉に伏見が怪訝な顔をしたが彼女は答えなかった。
「いや、何でもない。御影なら屋上にいるはずだ。」
「屋上?」
告げられた場所に驚いた。何故ならそこは立入禁止のはずの場所だったからだ。
伏見の言いたいことを察したのか、淡島は付け加えた。
「御影は特例……、いや御影の為の立入禁止だ。だから彼女自身は入ることを許可されている。」
「どういう意味っすか。」
「あとは本人に聞きなさい。上司のあなたなら多分教えて貰えるはずよ。」
鍵を差し出す淡島の言葉に伏見は舌打ちを返すことしかできなかった。
*
鍵は壊れていた。それを不審に思いつつ入れば、確かにその屋上に御影はいた。車椅子の上で膝を抱え込み額をそれに付け背を天に向ける様にしている。
「おい。」
「……。」
「おい、聞こえてんのか。」
「……。」
「ちっ……。御影!」
「……はい?」
呼びかけても返事が来ずに、痺れを切らして怒鳴りつけてやっと御影は顔を上げて伏見を見た。
「伏見さんじゃないですか。どうかしましたか?」
全く気づかなかった。そう言わんばかりの顔で彼女は言った。
「ちっ、お前の書類に不備があった。直して再提出しろ。」
「……。」
「おい、返事。」
「……あ、はい。えっと、わかりました。いつまででしょう?」
「明日の朝まで。」
「わかりました。」
伏見から件の書類を受け取るや否や御影は自身の能力で青のかかった羽の壁を張った。
彼女のストレインとしての能力は「物体操作能力」所謂サイコキネシスだ。
かつて彼女が「激剣」としてセプター4に所属していた頃は、その能力で索敵やら偵察やら戦闘やら色々とで成果を上げていたらしい。
光の屈折もある程度操れて、飛ぶ時は羽が見えたとかそれで天使とか言われてたとか、彼女の過去に関しては噂や逸話が絶えなかった。
今では特務の雑用(書類整理・作成&その他雑務)担当なので伏見が実際に彼女の能力を見るのはこれが初めてだったが。
(強ち、全部が全部、眉唾物って訳では無いってことか。)
「おい。ここで仕事する気か。」
「はい。道具なら全て揃っておりますから。」
「あ?」
彼女が指差す方を見れば、何故かパソコンやデスクが無造作に置かれていた。
「何でこんなもんが。」
「室長が揃えてくださったんです。」
「室長が……?」
そう言われて伏見は思い出した。彼女は室長である宗像が連れてきた「お気に入り」であることを。
「随分と大事にされてるんだな。」
「……?そうでしょうか?」
わからないといった表情に盛大に舌打ちが出た。
「お前、こんなところで何してたんだ。」
「……。」
答えない。別に期待していた訳でもなかった伏見は舌打ちを一つ零して彼女に背を向けた。
「何をしていたんでしょうね。」
「……は?」
「こんな力を持っていなかったら、私は今何をしていたんでしょうね。」
知るかよ、伏見はそう言いそうになった。言わなかったのは多少なりとも良心が働いたからか。
「……新月の日はつい思い出してしまうんです。昔を。」
昔とは刹那が戦闘部隊にいた頃だろう。彼女は懐かしそうに、しかしどこか切なそうに笑って言った。
「私は飛べたんです。なのにストレインとの交戦中に撃たれて、堕ちて、立てなくなって、こんな重い枷までつけられて、この場所に縛り付けられてる。」
「……。」
また何も言わなかった。伏見と彼女は上司と部下という以外に接点が無さ過ぎた。伏見も伏見で人の過去を根掘り葉掘り聞き出そうとするような性分ではない。
「ごめんなさい伏見さん。困りますよね、いきなりこんなこと言われても。」
御影はそう言ってデスクに向かった。彼女の能力に包まれた屋上は風一つ無かった。
「鍵が壊れてた。本当に立入禁止にしたいなら、取り替えておけ。」
「ありがとうございます。でもそれは元からです。普段は私の能力で固定してるんですよ。下手な鍵よりもよっぽど安心です。」
「そうかよ。……その書類、明日の朝までだからな。」
「はい。」
その返事に今までの弱々しさは微塵も無く、伏見は屋上を後にした。
*
『こんな重い枷まで着けられて。』
その言葉が脳内を巡る。
屋上から続く暗い階段を下る間、伏見は柄にも無く他人のことを考えていた。
「枷」とは単に彼女の車椅子だけを指しているのではないと伏見は思う。
無造作に置かれたパソコンやデスク、立入禁止の屋上。どれも彼女の力で守られていた。
守られていなければ即効で壊れているそれらこそが、彼女にとっての枷のようだった。ならば、屋上そのものが彼女を縛る枷ではないのか。
(御影の力を分散させて飛ぶだけの力を無くさせようってところか。)
しかし裏を返せばまだ御影にはまだ戦えるだけの力があるということだ。
何故宗像がそれをあんな彼女にとっての軟禁みたいなことを。
階下から静かな足音が上がってくる。階段な為伏見に逃げ場は無かった。
「おや伏見君。」
(本人登場かよ……!!)
「……どうも。」
踊り場で伏見と宗像は向かい合うような構図になった。伏見は物凄く面倒なことになったと頭を抱えたくなった。
「彼女に何か?」
眉を寄せた。白々しい。副長である淡島と話したのだ。室長に話が通ってない筈がない。
「牽制ですか。」
「おや、違いますよ。仕事上の関わりならむしろ歓迎します。彼女は幾分かコミュニケーション能力に欠けるところがありますので。」
「そうですか。」
ほぼ棒読みに近かったと思う。
よくもまあそんな口八丁になれるものだとも思った。
宗像が伏見の横を登る。宗像の目には自分など写っていなかったように感じた。
それ程彼女が重要か。
(係わり合いにならないのが身のため、か。)
「……室長。」
「ハイ?」
振り返って宗像を見る。見上げる構図がどうにも癪に障った。
「あいつで、何をしようとしてるんですか。」
関わるつもりは無い。ただ、気になった。それだけだ。
宗像はフと口角を上げて言った。
「何もする気はありませんよ。」
宗像の表情は夕焼けの逆光で見えなかった。