青く、青く。
どこまでも、どこまでも広く、美しい。
私はこの空をいつまでも、ずっと飛び続けられると、信じてた。
「……綺麗だなあ……。」
冬の山は寒い。私は仰向けに倒れながら、高く澄んだ空を木立の中から見ていた。見えたからと白く薄く見える新月に手を伸ばしても全く届かない。
下半身全体が動かない。腕も酷いけど感覚の消えた脚がどうなっているかなんて見なくてもわかった。
確か、ストレインとの交戦中だったと思う。それで空から偵察してた私は、狙撃されたはずだ。
思う、はずだ、というのは着地した時に庇ったものの、頭を打ってしまったから前後の記憶が曖昧なのだろう。
狙撃された時、風に煽られてだいぶ離れてしまった。皆は見つけてくれるだろうか。室長なら、見捨てるかも、しれないなあ。
「無様なものだ。天使とまで呼ばれた貴女ともあろう方が。」
声がした。私が仕える王の声。噂をすれば陰とはこのことか。
「……見捨てたかと、思いましたよ。」
「君の能力はセプター4に必要だと言ったでしょう。」
「……空は飛べても、もう地は歩けませんよ。」
自分の脚がどうなっているかなんて、見なくてもわかる。ストレインだの王の成り損ないだの天使だの呼ばれようが、結局のところ私は人間なのだ。地で生きる、人間なのだ。
「……すぐに救護班が来ます。それまで待ちなさい。」
待ったところで、どうなるというんだ。
命は助かるだろう。だが、空と引き離される。人は空では絶対に生きられない。必ず地に降りなければならないのに、そこで立てなけなってしまえば、また更に空が遠くなる。
そうなってまで生きる意味を見つけることはできなかった。
「室長、少し、お頼みしたいことが。」
「なんですか。」
「……私の脚、切り落としてくれませんか。」
僅かに室長が目を細めた。そんな顔もできるのか。彼の顔を変えさせたのはコレが初めてだと笑う。
「空と今まで以上に引き離されるくらいなら、飛びたい。」
速く、速く。身体の限界を超えて。たとえその後に身体が崩れ落ちようとも。それを読み取ってくれたのだろう。常々私が、もっと速く飛びたいと言っていたのを聞いていた室長だ。
「死ぬ気ですか。」
死ぬんじゃない。違うと首をゆっくり横に振った。
「空と、一緒になるんです。」
馬鹿げてるなんて言われるだろうか。それでも、構わなかった。
人が地から離れられないなら、私は、人じゃなくなってもいいとすら思う。私はそれくらい空に魅せられている。
「宗像、抜刀。」
室長から表情が消えた。サーベルのロック解除音も聞こえた。嗚呼、やっと、空になれる。
サーベルが振り落とされた。
「……どうして、ですか。」
室長が斬ったのは、私の脚ではなく、周囲の木立だった。
「救護班が木立に邪魔されて遅れていると連絡が入りまして。」
確かに、見れば室長は麓の方まで木を吹っ飛ばしていた。室長は私を抱え上げて歩き出した。
「君は機動力、偵察力だけでなく、事務処理能力も高い。この場で失うのは、些か惜しいのですよ。」
「……そう、ですか。」
仕事、サボってればよかったのかな。良い機会だったのに。
「君がどうしても空になりたいとほざくなら、私は君の翼を毟り取ってでも地に縛り付けましょう。」
優しくも、冷たい声だった。怒っているのか、と思ってからまさかそんな訳が無いだろうとその考えを消した。
「……申し訳ありません。差し出がましいことを言いました。」
「……君は、セプター4に必要な人間なんですよ。だから選んだんです。」
「……室長。」
「はい?」
「役に立たないと判明したら、斬ってくださいますか?」
「役に立ってから言いなさい。その判断は私が決めます。」
ならばそれまでは、全力で仕えよう。
貴方は、私が愛した「青」の王だから。
感覚の消えた脚を掴む力が強くなった気がした。