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白の砂城
[ 15/16 ]





牛鬼の山へ行くという驚きの連絡から数日後、ゆらが学校へ行った後、かすがはベランダで少ない洗濯物を干していた。
鳥の鳴き声に顔を上げると2羽のカラスがいた。やはり気のせいじゃない。
ここ数日、正確には旧鼠の件の後、明らかに空に黒が増えていた。
カラカラと音を立てて建て付けの悪いベランダの戸を閉めて部屋に入る。

「奴良組か?」
「でしょうね」

朝から顕現して床に寝そべりテレビを見ている風宮が言った。
名前の通り風には敏感な風宮もまた気づいていたらしい。

「やっぱあの時出て行かなくてもよかったんじゃねーの?」

あの時とは旧鼠の時のことだろう。
溜息を一つ吐き、足元の風宮を素通りして台所の流しで手を洗った。

「過去のことを言ったところで仕方ないでしょ。借りは返せば良いんだから。それに彼らが探っているのは私達とは限らないでしょう。それより……」

かすがは風宮を見る。彼女のその冷たい目にも風宮は動じない。ゴロンと仰向けの大の字に広がった。

「あー分かってるよ。ちゃんと調査してる。つかお前、俺に調査させるんだったら草鬼一緒に使わせるの止めてくんない?信用されてない感がすげーんだけど」
「してないんだから当然でしょ」
「絶望した!!」

おいおいと呻く風宮を安い芝居だとそのまま流し食器洗いに取り掛かる。水仕事は手が乾燥するからあまり好かないが、五体の草鬼のうち中継役の一体を残して全て出払っている今、自分でやるしかなかった。目の前で寝転がっている式神は期待できない。

(!)

突然の微かな妖気にピタリと手が止まった。それと同時に風宮も一瞬だけ動きを止めた。

「風宮。これ終わったらちょっとゴミ捨てに行ってくるから纏めといたやつ出して。頼んどいたでしょ」

壁に掛けておいたパーカーを軽く羽織り、引き出しから予備の札と小さな空の硝子瓶を取り出した。

「玄関に置いてあるぜ。俺も行こうか?」
「平気よ。アンタが出るとややこしくなる」
「草鬼や札と「瓶」は?」
「中継役と起爆札と「小瓶」を一本で充分でしょ。オカンかあんたは」
「せめてオトンにしてほしい」

元々少ない洗い物を終え、手早くゴミが残ってないか確認した。生ゴミが残っていた。
やっぱり風宮は信用できない。

「死ぬなよ〜身体作るの面倒くさいから」
「ゴミ捨てるついでに近所の方とお話しするだけよ。今日も最低ねアンタ」
「お前ご近所関係の大切さ全く解ってねーな。いいか?浅い関係でもな、時には」
「行ってきます」
「オイ話聞けや」



*



外に出る前に既に小さく草鬼を出しておき、パーカーのポケットの中に入れた。そしてなるべく上を見ないようにゴミ捨て場まで歩く。

ーーー空水

静かに広く薄く、水のイメージで霊力を広げ畏を探ると上空にやはりいた。限りなく気配を小さくしており、ずば抜けた妖気探知が数少ない取り柄の彼女だったから気付けた。流石は奴良組、と心の中で感心した。

(草鬼、私に合わせて足場を作れ)

ゴミを捨てると同時に気づいていることに気づかれない様にあくまで自然に「彼」の死角に入り、静かに塀を登り電柱を駆け上がり一瞬で背後に回った。

「おはようございます。朝からご苦労なことですなあ、奴良組さん?」
「!!」

彼を見上げる形で笑顔ではっきり大きな声でご挨拶をした。
振り返った彼は初めて見る顔だ。きっと妖怪の中でも若い方なのだろう。黒い羽に黒い髪。童顔で赤く大きな綺麗な目をしている。

(お、かわいい顔してんじゃん)

純粋にそう思った。
かすがも一応は女だった。
そんな彼は不意に現れたかすがに驚き錫杖を構えて警戒している。
あからさまな敵意に少しだけ戸惑った。少しは聞いてると思っていたのだ。

「そんなに敵意向けないでほしいなあ。君、命令した人、っていうか妖怪から何も聞いてないの?」
「何の事だ」
「私と風宮のこと、数日前からずっと監視してたでしょ?」

雰囲気が変わる。
ピリピリと殺気混じりの畏が伝わってくる。明るい昼間でこれ程の畏を出せる時点で十分な強さだと伝わってくる。

(今の奴良組なら、結構強い方なんだろうけど)

「遅い」

黒羽丸は眼を放してなどいなかった。
油断したつもりも、警戒を解いた訳でもなかった。
それでも彼女は電線の上に立ち、彼女の木の刃は黒羽丸の喉元に突きつけられていた。不安定な筈の足場は蔦によって電線ごと固定され、却って広い定置網の様に囲まれている。
木刀を取り出した瞬間も抜く素振りも見れなかった。鋒には霊力が集中して込められていて、妖怪の自分が触るのはまずいと分かる。
眼が追いつかなかったのか、彼女が早過ぎるのか。

「チッ」
「おっと」

考える前に錫杖を薙ぐ。
ひらりと彼女は舞う様に民家の屋根に飛び降りた。人間離れした動きに高めていた警戒を最大まで引き上げる。

「うん、本当に何も聞いてないみたいだね。知ってたらそんな対処な訳が無い」
「貴様っ……!」

飄々と笑う彼女に黒羽丸の平静が崩れかける。それが狙いだと分かっているからこそ癪に触る。

「君、結構若い方でしょ。反応がすっごく分かりやすいよ?」
「なっ!」

(なんなんだこの女!)

見目は20歳にもいっていないのにも関わらずに、老成した様な、それ以上に年のいった発言をする。年寄りくさい。
そんなかすがもまたこの状況を楽しみつつも困惑していた。
てっきり旧鼠の件で鴉天狗あたりの命令で監視しに来たのかと思っていたのだ。

(監視対象のことくらいしっかり教えろというか、まず私のこと知らない……?)

自分が有名人だと言う気は無いが、どこかの馬鹿宮のせいで奴良組に悪縁が無い訳では無い。
自分の事を知っている妖怪を思い出してみるとやはり片手では足りなくなった。

「とりあえずぬらりひょんは当然として、首無や黒田坊……あと鴉天狗も私のことは知ってるな。そいつらに聞いてみな。話はそれからだ」

言うと目を少しだけ開いた。本家なら当然かもしれないが知ってる名前だったらしい。
上空にいる彼ともう少し近くで話がしたかった。妖怪で彼女の知り合いといえば、長老クラスの長生きしている妖怪ばかりだったから。
しかし瓶の中の霊力も尽き、草鬼も中継役のみの完全体ではない。引き時だろう。

(ま、話すのは今度で良いか)

時間はまだある。ゆらの修行は一朝一夕で終わる類いではない。それまではこの街にいられる。

「あ、おい!」

そう自分を納得させてかすがは屋根から飛び降りた。

「また監視しにおいで!話相手くらいにはなってあげる!」
「なっ」

ふざけるな、そう聞こえた気もしたが無視して部屋に戻った。





「たっだいまー」
「おかえり……じゃねーよこのクソ女ぁ!!」
「痛い!!」

玄関の扉を開けると、中から手が怒声と共に出てきた。
壁に叩きつけられ、脇に腕を入れられる。俗に言う脇固めの体勢だ。こ
分かりきった犯人に声を上げた。

「何すんのよ風宮!!」
「こっちの台詞だ!てめー何奴良組にケンカ売ってんだ!俺の立場考えろよ!!」
「知るか!だいたい陰陽師の式神が妖怪と交流持ってることの方がおかしいと思いなさいよ!!」
「旧友に会いに行って何が悪ーんだよ!」
「そんなんだから裏切り内通の常習犯とか言われるのよ!!」
「事実じゃねーか!!」
「自分で認めんな!」







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