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*は注意


「ハアッハアッ……!」

息を切らして夜の町を全力で走る。別にダイエットとか今度のマラソン大会の為の個人練習なんかでは決して無い。
むしろ、右肩からダラダラと血を流して背後に妖怪が2体いる状況でそんなこと言ってる奴がいたら連れて来てほしい。今すぐ代わってもらう。

「いい加減諦めろぉぉぉ!!!」
「大人しく食われろぉ!!」
「ふざけるな誰がお前ら妖怪なんぞに食われるか!大人しく消えろ!」
「「んだとこの小娘がぁぁぁ!!!」」
「そうだ来い!!滅したらぁ!!」

そう言って走りながら札を構えてもそれが最後の1枚だったりして実はヤバい。本当にヤバい。
割と真面目に命の危機を感じ始めた時にゴンッ、と大きな音がして、追って来る奴らの妖気が消えた。

「何をしているんだ、貴様は。」

私の命の恩人は、私達が敵とするものだった。

「貴様かとは飛んだご挨拶だね君。私には花開院名前という立派な名前があるんだよ?」

陰陽師が妖怪に助けられるなどあってはならない。
私はなんとか笑みを取り繕い強がった。

「また鬱陶しさに磨きがかかったようだな、陰陽師。喧しいことこの上ない。」
「君こそ更に頭が固くなったと見えるなぁ、鴉天狗。この私があんな雑魚に遅れを取るとでも?仕事と言えど貴方みたいな妖怪の助太刀なんて無用よ。」

互いに武器を構える。私は札を彼は錫杖を。
一度共闘した顔見知りとは言え敵は敵。
こうなってしまうのは仕方ない。

瞬間、彼が目の前から消えた。背後を取られ、しまった、そう思う前にもう彼の腕が私の右肩を掴んでいた。

「こんな傷を負った身体で助太刀無用と言うか。阿呆。」
「……っ!!!いらぬ世話よ!貴様ら妖怪に、貸しなど作るものか!!」

激痛に声をあげそうになったが、仮にも陰陽師であるというプライドでギリギリ踏み止まった。

「貸しではない。仕事だ。」
「何を、私には同じことよ!」
「うるさい黙れ。」
「あっ。」

錫杖で札をはたき落とされ破られた。
これで私は完全に妖怪に無防備になってしまった。
そのまま壁に押し付けられた。
両手には彼の手が、足の間には身体があって動けない。
身長差で彼の端整な顔を見上げる羽目になった。

「離せ。」
「断る。抵抗されたら面倒だ。」
「しないわよ!」
「信じられるとでも?」
「……抵抗できないって言ったら?」
「何?」
「札、さっきので最後だったのよ!あんたが破いたので!」

そう言ったら手は握ったままで身体だけ離れた。

「……そのまま座れ。」

屈辱だったけど従うしかなかった。
でも、この状況そのものが悔しかった。




「痛っ。」
「我慢しろ。」

座らされた後、彼はどこから取り出したのか包帯と薬草を私に巻き付けていた。
傷口に染みて痛い。けど屈辱による胸の痛みはもっと酷かった。

「ふざけるな……っ!大体っ、なぜ私が、こんなところで、貴様の手当を受けなければいけないんだっ!!」
「お前の家にはあの陰陽師娘がいるだろう。妹にそんな情けない姿を晒す気か?」
「……!」

妹。
私の、妹。
まだ無自覚なあの、天才少女。

「……馬鹿に、しないで。」
「っ……!」

しゃがんでいた彼の腹を蹴り飛ばす。鎧だったから私の足の方が痛かったし、傷の方もあったけど知らない。
私はただ悔しかったんだ。

「私は陰陽師だ!妖怪に施しを受けるくらいならば、死んだ方がマシだ!!」

妹を、嫉まなかったことなんてない。今までも自分の弱さに数えきれない程泣いてきた。でも、陰陽師でありたかった。それでも大好きな妹や家族と共に戦いたかった。だから保護者役として妹と一緒にこの町に来たんだ。
『どちらが保護者かわからんな。』本家で言われた、そんな言葉も聞かなかったことにして。

「そうか。」

その声と同時に腹に痛みを感じて私は意識を闇に落とした。

「どう、して……?」

最後の一瞬だけ見た彼の顔は笑っていた。



*



「……姉ちゃん!名前姉ちゃん!!」
「……ゆら?」

目を覚ますと、制服姿のゆらがいた。心配そうにこちらを見ている。

「姉ちゃん大丈夫か?何があったんや、こない酷い怪我までして。……妖怪か!妖怪にやられたんやな!?どんな奴や!?絶対許さへんで!敵討ったる!!」
「ゆら、落ち着いて。私はまだ死んでない。」

太陽は既に昇っていた。
どうやら私はゆらの部屋の前で倒れていたらしい。

「でも、私名前姉ちゃんが怪我するなんて嫌や。」
「大丈夫だよ、今度あったら消し炭にしてやるから。」

怪我を実際に負わされた妖怪は既に消し炭になってしまっているが。

「うー……。」

まだ不満そうに頬を膨らませるゆらに苦笑して立ち上がる。

「とりあえず部屋に入らせて?ここちょっと寒い。」
「あっそうやな!今お茶煎れてくるわ!」

パタパタと部屋の中に駆け込むゆらを朝から元気だなぁと微笑みながら私も部屋に入った。その直前、私の視界に黒い羽が見えた。

「お礼は言わないからね。」

パタンとドアを閉める。まだ若干痛む肩の傷を見たら包帯の合間に一枚の黒い羽があった。

「姉ちゃん?」
「何でもない。すぐに行くよ。」

それを取って部屋にあった札で燃やした。
羽は朱い炎の中で消えた。



*



「黒羽丸お前、最近楽しそうだよな。」

パトロール帰りに報告しにいった夜の若の元でそう言われた。

「そうでしょうか?」
「自覚ねーのかよ。パトロールしに行く度に生き生きした顔で帰って来るぞお前。」
「……?」

指摘されて初めて気づいた。自分はそんなに浮かれた顔をしていたのだろうか。いけない。大事な仕事に私情を挟むところだった。

「申し訳ありません若。明日からは……。」
「あー違う違う。なんでそうなんだよお前は。俺は喜んでるんだよ。お前にもやっと春が来たってな。」
「は!?」

突拍子も無い事を言われて返答に困る。

「で?相手は誰だ?こんな堅物を落とした女だ。いい女なんだろ?な?」
「若何言っているんですか!?酔ってませんか!!?」

肩に腕をまわされ絡まれた。これがただの質の悪い酔っ払いでなかったら無下にもできたが、残念ながら素面でしかも我等が三代目であった。

「酔ってねーよ。つかまだ今夜は酒飲んでねーし。で?誰だ?俺の知ってる女か?」
「っ若、戯言も程々になさって下さい!」

心当たりが無いことは無い。むしろある。しかし相手は敵対している陰陽師だ。

(待て、俺は何故報告しない?)

面倒臭いと思いながらも黒羽丸はハッと思った。
自分がしたのは陰陽師を襲う妖怪を退治しただけだ。その後確かに手当やら運んだりやらしたがソレは若の友人の姉君であったからであって。

(もしかして俺はとんでもない職務怠慢をしているんじゃ……!?)

いやしかし待て。妖怪の俺が陰陽師を助けたというのを報告するのはやはりマズイのではないか。もっと遡れば、何故俺は彼女を助けた。
ソレは仕事で人間を襲う妖怪は放置できないからで、別に彼女だから助けた訳ではなくて、いやソレなら手当などする必要もなくて、彼女を傷つけた妖怪が酷く癪に障っただけであって。

(惚れてる……?)

混乱した頭も、そう考えればストンと落ち着いた。
モヤモヤとするこの不愉快な感覚も全てが一言で片付いて口角が上がる。

「おー終わったか?百面そ……。」

スッと立ち上がった俺を見た瞬間、若は顔を青ざめたがそこまで気はまわらなかった。
それどころではなかったんだ。

「……黒羽丸?」
「ハイ。何でしょうか。」

何とか返事はできたものの、物凄く低い声が出た。嗚呼、この愛しさと同時に沸き上がる加虐心はどうすればよいのだろうか。

「いやなんでもない。」

その時奴良リクオは心の中で誰とも知らぬ黒羽丸の想い人に合掌した。

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