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*は注意


音を聞いて色を見る。彼にとって、音楽は世界を彩る大切な物、いや、それ以上の何かなんだろうと思う。なぜ私はわからないのか、そう考え続けてどんどん虚しくなっていった。天才と凡人の差を嫌でも突き付けられている気がしたから。それでも、考えている間は彼の世界を少しは見れていた、と思う。甘いだろうか。けれど、理解することを諦めてしまった時点で、その差は一生埋まることの無い物になったのだろう。



「名字先輩!」
「伊調君?」

放課後、帰路に就こうと校門を出ると後ろから伊調君が走ってきた。

「どういうことですか!?部活、辞めるって!」

やはりそのことか。意外と、伝わるのは早かったようだ。

「そのままだよ。私は吹奏楽部を辞めたの。もう部活には行かない。」
「っ、なんでですか!名字先輩、そんな素振り少しも……!」

そうだね、出してなかったね。

君の前では。

「ゴメン、もう、できない。」
「……え。」
「ほら、もうすぐ受験生だし?私成績ヤバいからさ、そろそろ勉強しないと、」
「どうしてそんな嘘つくんですか!!声が半音上がりました。テンポも少し速くなった。どっちも名字先輩が嘘つく時の特徴です!なんでですか!」

本当に、天才というのは残酷だ。嫌いになりたくないのに、大好きなのに。
嘘くらいつかせてよ。

「転校するんだ。だから辞めた。」
「……え。」

事実だけを伝えた。後は何も、理由も伝えずに。今の私は彼を傷つける言葉しか言えないとわかっていたからだ。

「……ゴメン。じゃあね。」

彼が大好きだからこそ、離れたくなった。
音楽が大好きだからこそ、嫌いになりるのが怖かった。
君の才能の傍にいたかった。
近くにいて幸せだと感じなくなった自分が憎かった。
醜い感情で君の邪魔をしたくない。

その結論がこれだ。
程度はどうであれ、結局私は彼を傷つけた。

昔はただ純粋に彼を追いかけていられた。追いつけないなんて随分と前からわかっていたのに。



校門を出て家までひたすら走った。彼は追いかけては来なかった。

走るのは辛かったし寒かった。それなのに、走るのを止めた瞬間、息が詰まった。
それにどうして、なんて言えなかった。楽になる為にこの決断をした訳じゃない。
これ以上彼の傍にいたら私の音は濁っていってしまうと思った。
綺麗だと言ってくれた音を失うのは絶対に嫌だった。

私も彼も変わらずにはいられなかった。



家に着いた。駆け込んだ私の部屋は暖房が効いていて、暖かかったのに寒く感じた。もう何も考えたくなくて、柔らかいベッドに倒れ込む。

いっその事、何もかも嫌いになってしまえば楽なんだろうか。

そんなできもしないことを思って、やっと泣けた。



title by 人魚
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