×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -

*は注意



神峰君は変な人だ。
神峰君が来てから、吹奏楽部は雰囲気が変わった。
まるっきり初心者の癖に部に入ってきて、好き勝手に指揮者なんて超重要ポジションやって、いつの間にか打樋先輩も音羽先輩も奏馬先輩もそれを納得してた。
私は神峰君と話した事はない。
50人以上もいる部活の中だと、自然と話す人も偏ってしまう。話す事をそれ程得意としてない私は尚更だ。私の担当楽器はユーフォニウムだったし、神峰君はあまり金管楽器の方には来なかったのも原因の一つかもしれない。
だから私は神峰君のことを何も知らない。






神峰君は不思議な人だ。
神峰君が来てから少しして、メグ先輩が変わった。
遠目から見ていた私には何があったのかは分からないけど、吹部女子の中でアイドル的存在だった先輩の変化は確実に部に大きな影響を与えた。
後に金管楽器のことを軽視していると星合先輩が言ったらしい合奏、未熟者の私は付いていくので精一杯だったけど、壇上に立って指揮棒を振る神峰君は凄く輝いて見えた。
頑張ってる人はかっこいい人だ。
けど、この部活に頑張ってない人なんていない。
なのにどうして、私の目は神峰君をあんなにも美しく映したのだろう。
私は神峰君を遠巻きに見る様になった。






神峰君はかっこいい人だ。
棟梁と慕われている打樋先輩よりも、お金持ちでかつ天才的にトランペットが上手い音羽先輩よりも、お姉さんが世界的なバイオリニストで、沢山の雑誌に掲載された刻阪君よりも、この部の誰よりも神峰君はかっこいいと思う。同じパートの佳苗ちゃんにそう言ったら恋?って言われた。多分違う。
天籟ウィンドフェスの神峰君は凄かった。
なんか良く分かんないけど、今度は吹越先輩の演奏が変わった。
私は吹越先輩があんな凄い演奏をやれるなんて知らなかった。パートや学年の違いもあり吹越先輩とはあまり関わる事もなかったから無理も無いのかもしれないけど、それを言ったら神峰君は私より半年以上遅れて入部したのだ。
私が関わろうとしなかっただけなのだ。
私が出来なかった事を神峰君は軽くやってみせる。
軽くは言い過ぎた。神峰君は努力してる。凄く努力してると思う。毎日メグ先輩に朝や部活終了後に下校時間ギリギリまでピアノを習ってるし、部活の空き時間には御器谷先輩から音楽の基礎知識を教わってる。それでも神峰君はまだ足りない、まだ足りないと貪欲に突き進む。きっとこの部が全国に行くまで、全国で金賞を取るまで神峰君は努力を惜しむ事は無い。
純粋に凄いと思った。多分この気持ちは尊敬や憧れ、あと少しの羨望と嫉妬に分類されると思う。
ただ、どうして神峰君がそこまで頑張るのか分からなかった。それを知りたかっただけだ。
私は、神峰君の姿を追いかける様になった。






神峰君は凄い人だ。
少し前だけど、歌林先輩や御器谷先輩から仕入れた情報によるとライブハウスでバンドを組んだらしい。
もっと早く教えてくれれば良かったのに。凄く見たかった。だってなんと神峰君達はライブハウスで「風紋」を演奏したらしい。
馬鹿じゃないの、信じらんない、とかそういう感想は湧かなかった。だって神峰君と刻阪君なら、納得できてしまったのだ。
けどバンドメンバーの中にはメグ先輩もいたらしい。それを聞いて少しだけ、行かなくて良かったと思った。
近頃メグ先輩と神峰君が二人でいるのを見ると、胸の奥底に鈍痛が走る様になった。
最近の私はおかしい。
メグ先輩だけじゃない。神峰君の周りに女子がいると、ジリジリと燃える様な音がするのだ。
本当に何かが燃えているのではない。
ただ、自分が変わっていく感覚が酷く怖かった。
神峰君が、怖かった。
神峰君は今は音羽先輩、御器谷先輩と一緒に各地のコンクールを見に行ってるそうだ。
暫く会えなくなるな、と思ったら、安心したと同時に今度はぽっかりと心に穴が開いた。
暫く会いたくないな、と思ったら、私と神峰君の接点は無くなった。





甲子園、桜祭り、OBの人達との対バン。
この短い間に色々あった。特に最後の対バンは鳴苑の吹奏楽部の方向性を確かなものにした。
パートの枠を超えて意見が飛ぶ様になった。同じ部の中で研鑽し合い高め合う。
競い合っている筈なのに部の雰囲気は悪くなく、寧ろ士気は上がっていると思う。
彼とは会わなくなった。
挨拶も交わさなくなった。
私が追いかけるのを止めただけで切れるような縁だったのだ。
私は彼と話さなくなった。






その日はオフだった。
彼と私の関係は私情を除いてしまえばただの「指揮者と演奏者」だ。もっとも、私は部の中でも中の中くらいの腕しか無い、平均的一年生の実力だった。
そんな私ももうすぐ二年生になって後輩が出来る。
入部者が多いのは良いことだし経験者がいるともっと良いと思うけど、私にとって演奏以上に不安だったのは人間関係だった。
コミュ力があるわけでも無し、実力があるわけでも無し。
1年かけて作った居場所を壊されるんじゃないか。
まだ新学期が始まってもいないのに余計な心労を重ねていた。
自分のことで精一杯だった私は神峰君のことを思い出さなくなっていった。
自室から早くも散り始めている桜を見てふと思った。
私は鳴苑吹奏楽部にいて良いのだろうか。
考えてみたら至極当然の事だと思った。
鳴苑の吹奏楽部は今本当に全国へ向けて頑張っている。
全員が一丸となって全国へ行こうとしているんだ。
そんな場所に私みたいな半端ものがいて良いのだろうか。
勿論、部員の皆が全く恋愛に興味が無いという訳ではない。歌林先輩も邑楽先輩も本人は隠してるつもりだろうが、丸わかりだ。余談だが彼女らを思い出すと心臓が針に刺された様な心地になった。
けれどあの二人の恋心は良い方向へ向かっている。
上手く言えないけど、真っ直ぐに進む恋と言うのだろうか、私の様に諦観が無いというか、純粋に好きだから側にいるというか。
ただそれは何だかんだ言って、相手の側に居られるからの恋だと思う。
スタートラインにすら立てない人間の恋は生まれるだけ生まれておいて、死ぬ事も育つ事もなく、赤ん坊の様に泣き喚きながら冷たい揺籠の中で横たわっている。
結局のところ、どんなものであっても両立できないのならどちらかを捨てるしかないのだ。
今ならまだ間に合うのだろうか。
もう自覚せざるを得なかった。
私は神峰君が好きだった。






新学期が始まった少しした頃。

「名字先輩!」

部活の休憩時間。
私はずっと座っていて疲れたから、気晴らしに壁に背を預けて廊下で立ってボーッとしていた。息抜きのつもりが考えるのは、どうしたらもっと上手く吹けるか、どうしたらもっと部の力になれるかということだった。
そんな時、新入部員の演藤さんが話しかけてきた。
演藤さんは管崎先輩や星合先輩と同じ中学だったらしく、その縁で私ともよく話すようになった。

「どうかしたの?」
「あ、あの、えーと、その、神峰って人の事なんですけど……」

ドクン、と心臓が大きく鳴った。
久しぶりに脳に姿が映る。
忘れようとしていた、忘れられていた人のこと。

「神峰君が、どうかしたの?」

自分の声に安心した。
震えていなかったから。
ちゃんと過去のことにできてるんだ。

「あの人、なんなんですか。同じ高校生の癖に超重要な指揮者なんてやってるし、音楽歴ピアノ半年とか吹奏楽舐めてるんですかそれに」
「待って待って、ちょっと落ち着こう?」

関を切った様に演藤さんが言い出したのは、私も神峰君の入部直後は思ったことで、その頃の自分と演藤さんがなんとなく重なって見えた。

「でもあの人、直接言ってもオドオドしてるし、弦野先輩は練習来ないし、来たら来たで神峰先輩に絡むし演奏は上手いけど破茶滅茶だし」
「直接言ったんだ……」

私は挨拶が限界で遠くから見ることしかできなかったから、その点は凄いと思った。弦野君のことはわからないけど神峰君に関しては私も心当たりがあるから否定できない。
最初は私も不信感と好奇心だった。
そして、危うく戻れなくなりそうになった。

「それで、勝つためにはまず情報収集からかなって思ったので、そうしたら名前先輩が詳しいって音羽先輩が教えてくれたんです」

(あの天才は何してくれとんじゃぁぁぁ!!!)

演藤さんの発言に言葉を失った。
実力不足を痛感して金管繋がりで教えを請うたことは確かにあるけど、音羽先輩と私の関係なんてそんなものだ。なのにどうしてこんな、やっと埋め立てたモノを掘り起こすみたいな事をするんだ。
けれど今はここに先輩はいない。とりあえず流した。

「……私と神峰君にそんな大した接点とかは無いし、正直邑楽先輩や刻阪君の方が詳しいと思うけど」
「色々な人に聞いておきたいんです。神峰先輩、聞く人によって意見全然違うんです」
「あー……確かに」

そうかもしれない。
金管のパートリーダー達は奏馬先輩や音羽先輩はともかく、妙に神峰君に風当たりが強い。
全員凄く演奏が上手で尊敬してはいるけれど、その点だけはどうかと思う。
私が介入して良いことでもないと思って傍観していたけど、他のパートメンバーは殆ど神峰君のことを認め始めてる。

「で、先輩から見たあの人って、どんな人ですか!?」

演藤さんがグイッと顔を近づけて言った。
そんなに神峰君が気になるのだろうか。でもその気持ちもよく分かる。神峰君はどうも人の心を掴むのが上手いんだ。刻阪君もだけれど、あの二人が組んだ演奏で心を奪われない人なんていないんじゃないかとも思ってしまう。これは私の色眼鏡かな。

「間違ってたり、私の主観入ってたりするかもしれないけど、良い?」
「当然です!」

演藤さんは言い切った。
。本当に神峰君の事が知りたいんだなと思った。
その気持ちがよく分かってしまった故に、嘘をつきたくなかった。自分の気持ちを正直に伝えたくなった。
でも演藤さんが私みたいにはなって欲しくないとも思った。
だから二番目の本当を言ってしまった。

「神峰君は、きっと、この部を変えてくれる人だよ」

私を変えてくれたみたいに、きっと、この部を変えてくれる。神峰君はこの部を全国へ連れて行ってくれる人だ。






私は部活と恋愛の両立は無理だと思った。
高校な部活という短くて長い時間の中で出会った人で、それからの人生でも付き合いのある人なんて何人いるのだろう。
ああ、そんな人もいたなあ、とそれくらいの思い出になってしまう人もいるのだろう。
神峰君にとって私がそんな人になっても、私にとっての神峰君は一生忘れない人になる。
埋め立てることができても、殺す事なんて出来やしなかったんだ。
気づくのが早すぎた。卒業まであと二年近くもあるというのに。
それでも私は音楽が好きだった。
神峰君達と演奏がしたかった。
神峰君は、私が一番愛した人だった。
prev next
back