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*は注意


夢主が少し特殊












手の指と指を絡めて、感じた体温は、酷く冷たく感じた。
誰もいない放課後の教室は空調も動いておらず、テスト期間で部活も無い学校は嫌なくらい静かだった。
彼女の冷たい指は黄瀬のとは違い、か細くて弱々しい。
こうなったのはただの偶然だった。
教室に明日締切の全く記入していない提出物を忘れたのも、部活が無く鈍った身体を動かしたくなって誰もいないのをいいことに階段を走って3年の階を通って遠回りしようとしたのも、3年の教室で窓際の机の上に座って泣いている彼女を見つけたのも、本当にただの偶然だった 。
独りで小刻み泣き続ける彼女を見ていられずに、椅子をどかして隣の机をくっつけて彼女の横に座り、傷つけないように出来る限り優しく声を出した。彼女は黄瀬に気付くと、明るく努めようと赤く泣き腫らした目尻を下げた。

「なんか、あったっすか?名字センパイ」
「……振られちゃった」

そう言って俯いたまま先輩と呼ばれた女は無理矢理笑顔を作りながら涙を零す。
そんな彼女に黄瀬は手を握り、顔を背け、涙に気付かない振りをするしかなかった。
惹かれ慕ってきた彼女の涙に憤りを感じても、それを止められない自分への無力さを噛み締めることしか出来なかった。
恋い慕う様な相手が彼女にいたことも衝撃だった。
人の感情には鋭い方だと自負していたのに、全く気づかなかったのだ。彼女は男など興味無いと常日頃から豪語していて、行動もそれに沿っていた。

「そういう風には見れないって、言われた。当然なんだけどね。今まではただの友達だったもん」

涙や鼻水でぐしょぐしょになっているだろう顔を俯けたまま鼻声で話す彼女を黄瀬はこの腕で抱き締めたいと思った。抱き締めて口付けて、自分しか見えないようにさせたいと思った。
実行する度胸はなかった。
拒絶されるのが怖かった。
傷付けるのが怖かった。
何より、彼女が振られて喜んでいる自分がいた。
そんな自分を、知られたくなかった。
男には興味無いという今までの彼女の言葉は嘘だったのか、そんな失望よりも先に喜びの方が溢れて来ていたのだ。

「俺じゃダメっすか」

だから慰めることも出来なかった。
もっと他にいい男がいるだろう、とか、そんな男の事なんて忘れてしまえ、とか、定番の台詞さえ下心が見え透いてしまって言いたくなかった。
そんな嘘の言葉の優しさなら、むしろ堂々と弱っているところに浸け込む卑怯者の方が良いと思った。

「俺なら絶対に先輩を泣かせたりしない。俺なら絶対に先輩を幸せにする。だから、俺を選んでくれないっすか」

彼女が自分を見ていない事などとうの昔から知っていた。
蛍光灯も点いておらず陽も沈み微かな残光だけが照明の教室では彼女の顔など見えなかった。
それが少しだけ救いに感じた。
手は離せなかった。

「私は、黄瀬君の事、そんな風に考えた事、無いよ」
「知ってる。代わりでもいいっすよ」
「出来ないよ、そんなこと……」
「大丈夫っすよ。絶対先輩を降った男よりも幸せにするっすから」
「違うの、男じゃないの!」

その叫ぶ様な言葉に黄瀬は凍った。
横を向いて顔を見ると、小さく肩を震わせた名字が搾り出した様な声で続けた。

「……私ね、昔から女の子ばっかり好きになるの。変だって判ってるの。普通じゃないって、判ってるんだよ。でもダメなの。いつも私の目が追うのは女の子なの。私は女の子しか好きになれないんだって開き直ったら、楽になれた。男と付き合うなんて、考えられないの。だから……ごめんね」

(あ、そういう意味か)
(男に興味無いって、そういう意味っすか)
(……バカらしい)

緊張していたらしい身体から力が急激に抜けていく。
繋いでいた手を離し、ぐたり、と体育座りをした黄瀬から、名字は静かに離れた。

「名字先輩」

ビクリ、と彼女が肩を揺らす。
罪悪感だろうか、その反応を片目でちらりと見て、腕に隠れた口角を上げた。

「俺、それでも先輩のことが好きっす」
「……趣味悪いね、黄瀬君は」
「ヒドイっすよ」
「ごめん」

私、もう帰るね。
そう言って彼女は教室から姿を消した。
足音が遠くなるのを黄瀬は窓に寄り掛かって聞いていた。

「ばっかじゃねーの、俺」

今まで女に困ったことなどなかった。
そんな黄瀬が名字名前の一番になりたいと思った。
抱き締めて口付けたかった。
恋人になりたかった。
もう一度、手を繋ぎたいと願った。
絡めた指の冷たさが、今も心に残っている。
きっとこの先一生、消えることは無いのだろう。
諦められなかった。
もう一度、あの指の冷たさを、心地好さを感じたかったから、自分はこの恋を諦めるなんて、できはしないのだろう。
窓の外では街灯の灯りが美しく暗い世界を彩っていた。

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