×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -

*は注意


学校のアイドル黄瀬涼太に彼女がいた。
その他のどうでもいい感嘆文や顔文字を省いて要約すると、その大量のメールにはたったそれだけの事が書いてあった。
女子のネットワークとは恐ろしいもので、普段はほぼ会話の無い子からも一斉送信のメールで回ってきた。多分クラスメートの連絡網として入れていた私のメアドを、とにかく女子なら誰でも良いといった状態で送信先に含めたのだろう。随分と混乱した様子なのがメールから見てとれた。
クラスのLINEやTwitterを確認したら(表現は悪いが)更に喚いている子もいた。
その子はたしか私の記憶ではよく黄瀬君の取り巻きに参加していた子だ。でも割と本気だったらしく、他の子達はその子に慰めの言葉をかけている。
それを一瞥した後はさっさと画面を閉じて、私は思い切り勢いをつけてベッドに飛び込んだ。
ギシリとベッドが悲鳴を上げた。

(え?今更?)

正直に言うとそれがメールを見たときの最初の感想だった。
数ヶ月前から私はとある秘密を抱えていた。
その噂の黄瀬涼太の彼女とは私の親友だ。
優しくて純粋で健気で一途な良い子だ。
その親友が黄瀬から告られてOKした夜に私に教えてくれたのだ。
相手が「あの」黄瀬涼太だった為言い触らす事も出来ずにもう数ヶ月。
長かった。
さっきLINEを一瞬見ただけでもその親友は既に特定されていた。クラスは別と言えども同じ帝光中生だから当たり前だが。そして出る杭は叩き潰すとか何とか、物騒な話も出ていた。
彼女はガラケー組だからこの騒ぎは知らないが、明日から大変な日常になるのは予想がつく。
こうならない為にくっついてからずっと、学校では目も合わさずに人目を忍んでの逢瀬のみだったというのに、一体何をしていたんだあの二人は。
そう思ったらムカムカしたものがお腹の下の方から沸き上がって来て、私は置いたスマホを手に取った。

『申し訳ありませんでしたぁぁぁ!!!』
「……は?」

しかしその怒りは数秒のコール音の後に発せられた謝罪に吹き飛ばされた。

『あ、あれ?名字?』

電話口の向こうで声の主が狼狽えているのが目に浮かぶ。
この反応からすると、自分達の事がバレてるということは解っているらしい。

「誰だと思ってたのよ。黄瀬」
『あ、いや違っ』
「彼女じゃなくて悪かったね」
『……申し訳ありませんでした』
「止めてよ気持ち悪い」

黄瀬は私の機嫌に気が付いたのか、ばつの悪い様にもう一度謝ってきた。
彼女の大、大、大親友である私がこの件を知って怒ってるとでも思ったのだろう。半分正解で半分外れだ。
しかし普段私達に見せている姿とは掛け離れているそれに私の口角は上がる。彼女にしか見せない姿を見れたという事が嬉しかったのだ。

『だって、俺がつい、誰もいないと思って』
「ああ、うん。言い訳はいいよ」

私の低音に対してのビクッと(見えないけど多分)生まれたての小鹿みたいな反応が面白い。

「あの子、明日からいじめられるよ」

笑いながら親友の平穏な日常の崩壊を告げる口は止まる事を知らなかった。
今まで口を噤んできた分堰が切れた様に言葉が流れ出す。

『……っすよね』

だから黄瀬が覚悟していた様に苦笑混じりの声で返した事には驚いた。

「意外。解ってはいたんだ」
『そりゃまあ、彼氏が俺だし』
「うん死ねよ」
『ヒドッ』
「あんたはそんだけ言われる様な事をしたんだよ。女遊びは慣れてんじゃなかったの?」
『待って前半はその通りっすけど後半は納得いかない!俺そこまで女の子と遊んだこと無い!』
「そこまでって事は何回かは有るんじゃねーか」
『ぐっ……。でっでも!あいつに一目惚れしてからはそういうの全くしてないっすよ!?ホントマジで!!』
「……知ってるよ」

それは有名な話だ。
ある時期から黄瀬の女遊びがパタリと止んだ。
バスケ部に入ったのもその辺りだったから周りはそれが理由だと思ったが、本当は好きな女ができたから、という極めて単純な理由だった。
そして私がそれを知ってるのもまた単純な理由だ。

「なんせ「あんたの親友に一目惚れしたんでその子の名前と好みのタイプ教えてほしいっす!!」ってわざわざ呼び出して言ってきた位だもんねぇ。忘れらんないよ。思わず笑っちゃった」

あの日の事は記憶に焼け付いている。
もしかして、と胸を高鳴らせていたところに今言った台詞が来た。
笑った。
自分が滑稽過ぎて、笑うしか無かった。

『……名字、それ誰にも言って無いっすよね……?』
「え?さあ?」

言える訳無いだろう。自分の人生最大級のトラウマだぞ。思い出すのも忌ま忌ましい。
そんな私の胸中など知らない黄瀬は恐る恐る尋ねてきた。
黄瀬の中でも黒歴史扱いというか、もっと何か無かったのかとか、そういう扱いの苦い過去らしい。

『ちょっと名字!?』
「冗談だよ。誰にも言って無い」
『よかったぁ……』

心底安心した様な声に消えた筈のモヤモヤが浮かび上がってくる。
幸せそうな親友を見て、私は祝福するしか出来なかった。
でも、何も知らずにただのうのうと黄瀬と笑う親友を見て、完璧な作り笑顔の裏で私は恨み辛みを堆積させていた。
ざまあみろ。
メールを見て2番目に思ったのはそれだった。
どうしてバレたのか何てどうでもいいが、とにかく喜んでいる自分がいたのは確かだ。
そして、心置きなく彼女を恨み潰そうとしている女子達が羨ましくもあった。

「ま、一応女子グループのLINEはスクショして送っといてあげるから、後は頑張れ」
『すっげー投げ遣りなんすね。親友なんでしょ?』
「何であんたの身から出た錆の為に私まで平穏な学校生活捨てなきゃいけないのよ。それに、私に助けられるよりあんたの方があの子も喜ぶでしょ?私は陰の支援者ポジでいくから現場は任せた」
『うわヒドッ』

私は心情的には女子寄りだ。
だが友人としての時間はその立ち位置を許さない。
だからどうせまた私は動けないし動かない。
ならば「平穏」を求めたいと思った。
私の周りだけは何も起こらず、何も失わず、何も変わらずに。
今更私に期待なんてしていない。
当然「私の周り」にその親友は入っていない。
「私の周り」には私以外誰も含まれていないのに。

「黄瀬」
『何すか?』
「……あの子を守りきらなかったら、あんたのこと一生恨むから」

私の口はこんな言葉を紡いでいた。
一体どの口が言うんだ。
頭の中が真っ白になった。
だからこそ、次の黄瀬の言葉が良く耳に入ってきたのかもしれない。

『当たり前っすよ。一生守るつもりで彼女と付き合ってるんで俺』

絶望とはこういう気持ちを言うのだろうか。
違う。
この程度で、来ると解っていた言葉に対する感情でどうして絶望が生まれるんだ。
視界がただ真っ暗になり、聴覚だけが働いているだけだ。
決して絶望何かしていない。
私には、する資格なんて無いんだ。
親友と戦う事を恐れて、成り行きで手に入れた恋人の親友という地位に満足して、私は何かを得ようとした事なんて無いのに、手に入らない事を確信させられて絶望するなんて出来る訳無い。
これは当然の結果なんだ。

「黄瀬」
『さっきからどうかしたんすか?何か変すよ名字』
「あんたがあの子の彼氏でよかったよ」
『え、名字何当たり前の事言って』

最後は言いたい事だけを言って電話を切った。
私は間違って無い。
そう言い切るしかなかった。
私が黄瀬を好きになったのも、あの子が私の親友であるのも、二人が付き合う事になったのも、全部全部必然で、運命ってやつで、逆らう事なんて出来なかったんだ。
その理由は、抵抗するには彼らの姿はあまりにも美しかったから。
あの二人の笑顔を守れるなら、自分の恋なんて、憎悪なんて、安い代償だと思えてしまったからなんだ。
そう思えば、私はいつも救われていたからなんだ。
prev next
back