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「#エロ」のBL小説を読む
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*は注意


通勤通学に勤しむ人ごみの中、私もまたその内の1人だった。普通は退屈で憂鬱な時間だけど、本さえあればそれも変わる。
今日持ってきたのは私にしては珍しい、今話題沸騰中(らしい)のベストセラー恋愛小説。
普段は漫画小説問わずファンタジーや冒険バトル物ばかりで恋愛物はあまり読まないが、昨日、学校帰りに寄った書店で目にした『他人から始まるラブストーリー』なんていつもなら完璧スルーする様なのをピンクの大文字で書いてあるポップに何故か惹かれてしまい、気付いたらレジに持って行っていた。そしてその後読んでみたのだが、意外とボリュームがあり、一晩では読み終わらなかった為にいつの間にか夜が明けていた。
読んでみると意外と面白かった。いつもならさっさと安心して告れよちゃんとくっつくから、とか恋愛話に向かない擦れたことを思うのに何故だかわからないけど意外とヒロインに共感できたのだ。
お互いに名前も知らない男子とヒロインが勇気を出してだんだんと近づいたり時にはすれ違い合いながら少しづつ進展していく物語。
ドンドン物語の中に引き込まれて行って、私はもう電車の中にはいなかった。



*



朝の満員電車の中、人ごみは嫌いだったから本当はもう少し早いのがいいけれど、それでも俺は毎日この電車に乗る。

(……あ)

今日もいた。高校に入学して少しした頃、俺がつい寝坊してしまいいつもより遅い時間に乗った電車で見つけた彼女。
名前も知らなかったけれど、彼女の心がどうしても忘れられなくてもう一度見たいと思ってしまい、いつしか俺は時間をずらして彼女と同じ電車に乗る様になっていた。
この電車のこの車両のシートの1番端。それが彼女の定位置だった。絶対に変わらないから最初の方の駅から乗っているのだろうか。彼女はいつも必ず同じ電車の同じ車両の同じ席に座って本を読んでいた。その時の彼女の心は、多分読んでる本によって変わっているのだろう。けどいつも必ず楽しそうだった。鎧や剣を持ってたり、海賊や忍者、美食屋や黒い和服の死神だったり、とにかく本当に楽しそうで、彼女本人も周りが見えないくらい本に噛り付いて物語を読んでいた。そして時々、のめり込み過ぎて電車を乗り過ごしそうになって慌てて降りる。それを毎朝見るだけでも、彼女が素直な人なんだなってこと位は分かった。
朝の電車なんて怠かったり憂鬱な心しか見えなかったから猶更、俺にはそんな名前も知らない彼女が輝いて見えた。



*



最終ページ、最後の行、あとがき。
そこまで読み終えてやっと私は本を閉じることができなかった。
息を大きく吐いて深呼吸すると体の中に冷たい空気が入ってきたけど興奮は収まらなかった。
綺麗な文章だった。それでいて読者に読ませるだけの勢いがあって、読むのを止められなかった。
読み終わってもまだ私は本の中にいる気分だった。
ここまで余韻に浸かるのは久しぶりだった。ベストセラーも頷ける。
普段は読むことの少ないジャンルだからこそここまで浸ることができたのだろうか。
目を閉じればたった今読んだ文章の光景が目に浮かぶ。
そのまま昨日の徹夜の疲れが出たのか、そのふわ心地のまま、私は夢の世界に落ちていった。



*



『……次は●×、●×です。次は……」

(……あれ)

もうすぐ彼女が降りる駅だけど彼女に動きはなかった。いつものことだ、ドアが閉まる直前になったら起きるんだろうとも思ったけれど、彼女の心はいつもとは少し違う気がした。
いつもよりずっと穏やかというか、地に足がついていないというか、とにかく不安定(?)だった。
声をかけてみようかと思ったが、名前も知らない完璧他人の俺が話しかけてどうにかなるのか、心がオカシイのって俺が知らないだけでそれが平常運転なんじゃないのか(超失礼だが)、そんなことを思って躊躇する。
俺が立っているのは彼女の座っているシートの向いのドアの脇。此処が一番彼女がよく見える。今の車内は乗り降りの多い駅を過ぎて、座る席は無いけど立っている人も疎らといった感じだ。

(というか、寝てる……?)

俯いてるだけかもしれないが、電車の揺れに合わせて首が揺れてる事から多分間違いない。
予想外のことにどうしていいかわからなくなる。
起こすべきなのか。
多分そうだ。
このままじゃ遅刻しちまうんじゃねーか?
でもまず何て言えばいいのか。ていうか良いのか。変質者扱いとかされねーよな。いや別に痴漢とかじゃねーし。親切心だし。
でもホントに何て声掛けりゃ正解なんだこれ。
次降りる駅ですよね?何で知ってんだよストーカーか!体調悪いですか?なんでだよ!俯いて目瞑ってるだけで体調悪いならこの車両病人だらけだぞおかしいだろ没!寝顔可愛いですね?滅びろ俺の煩悩。
アレこれむしろ声かけない方が良いんじゃね?
そんな感じで悶々としているうちに電車の車窓はホームを映し出す。

(あああもう知るかいくぞ!!)

半分は自棄だった。
もう半分は多分不純で単純な下心だった。
気になる女の子と一言でも話せるかもしれないという。


*


夏の冷房が無駄に聞いた車両で私はぼんやりとした感覚の中でそのアナウンス音を聞いた。

『……まもなく、●×、●×でございます。お出口は左側です。お降りの際は、忘れ物にご注意ください。まもなく……』

(……●×?あー……降りる駅だ―……)

体が重い。
いつもなら快適な筈の電車の冷房に冷やされるわ眠気は酷いわで、徹夜なんてするもんじゃないなと思った。
そんな考えの私はまだ現実に戻っていなくて、聞こえた言葉の意味を咀嚼するのに時間がかかった。

(……ん?●×?次が?え?)

既に聞きなれた停車時特有の揺れと音が聞こえ始めている。
この音は知ってる。

(降りる駅じゃ!?)

扉が開く音と私が目を完全に覚まして飛び起きるのと、その声がかけられるのはほぼ同時だった。

「あの」
「すみません降ります!」

普段この時間帯は混んでないし、立っている人もあまりいない。
だから思わなかったんだ。
まさか目の前に人がいるなんて思わなかったんだ。

「いっ!?」
「ったあー……」

膝の上の鞄を抱えて屈んだ姿勢のまま、陸上のクラウチングスタートの様に腰を上げた私は目の前の人の胸の下あたりに思いっきり頭突きをしてしまった。

「ごっ、ごめんなさ……!?」

バサバサ、と嫌な音がした。
ぶつかった際に落としてしまった鞄はファスナーが開いていたらしく、ノートや参考書が何冊か鞄から出てしまった。

(嘘でしょ!?)

軽いパニックに陥った脳みそでは上手く体を動かすことは出来ず、アワアワと手だけが空中を泳ぐ。
そんな事をしているうちに、大したこと無い人の乗降を終えた扉は無情にも閉じる。

(うそでしょーーー!!?)

動き出す車窓の外は、間違いなく私が普段降りている、今日も降りる筈だった駅で、私と同じ制服を着た子もかなりいた。

(ちこくけってーい、ではないけど……、ないけどさあ……!!)

ショックに震えている場合ではない。
ギリギリにはなってしまうが、次の駅は近いしそこで折り返せばまだ歩いても間に合う。遅延や自己だったり、そういう事態を想定して普段から20分くらいは余裕を持って登校しているんだ。まだ焦る時間じゃない。
とにかく散らばったノート達を回収しよう。
そう思った矢先だ。

「あの……」
「はい?」

私は頭突いてしまった男の子に声をかけられた。
差し出されたその手には散らばった筈の私のノート達があった。



*



声をかけようと思ったら頭突かれた。すっげー痛かったがそれはいい。
けどその後、彼女の鞄からノートや参考書が散らばった。
俺的にはそっちの方が問題だった。
彼女もパニック状態なのは心を見なくても解ったが、俺もヤバかった。
俺にぶつかった所為で、俺が彼女の目の前にいた所為でこうなった。俺がそこにいなきゃ間に合った。そして今降りれなかった所為で、もし彼女が遅刻何てしちまったら。
彼女の学校の登校時刻なんて知らねえけど考えただけで身の毛がよだつ。
動き出す電車の中で未だ外を見て固まっている彼女よりも早く体を動かせた俺は急いで散らばったノートや参考書を拾い集める。しっかり名前の書いてあるそれらは折りシワや付箋がが付いていてよく使い込まれていた。
多分全部集め終わった後、次の失敗は許されないと緊張でガッチガチに固まった体で声をかけ、首を掲げる彼女にノートらを差し出して言った台詞がこちらです。

「これ、多分、全部だと、思うっすから、えと、その、……どうぞ」

(俺のバカヤロォォォ!!!)

何でこんなにしどろもどろなんだよ!!どうぞって元々彼女のだろーが!!もっと何か言い方あるだろ!思い付かねーけど、もっと、もっとよぉぉぉ!!!
そんな俺の荒れ模様は多分伝わらなかったのだろう。顔に出なかったらしい。良かった。
彼女はパアッと笑顔を咲かせて言った。

「ありがとうございます!助かりました!」

可愛かった。
さっきまでの俺の緊張や混乱を吹き飛ばす位には威力があった。
俺不審者として思われてもおかしくねーのに。

『……間もなく、×△、×△。お出口は右側に……』

到着を告げる車内アナウンス。
それに反応した彼女は急いでノートを鞄にしまう。

「あ、じゃあ私、次で降りるんで……。本当にごめんなさい。頭突きなんかしちゃって」
「いや、そっちこそ、頭大丈夫だったっすか」

ヤバい間違えたこれ違う意味で取られるんじゃねーか!?いきなり頭突きとか頭沸いてんじゃねーのとかそういう意味で!!あああ違うんすそういう意味じゃないです。

「はい、大丈夫です!ありがとうございます!」

彼女は特に疑問も持たない明るい顔と心で言った。
電車が駅に着く。
少し残念な気持ちもあったけど、これ以上は俺の心臓が耐えられない。頑張ったよな俺。うん頑張った。

「それじゃ、私はこれで」

彼女は扉が開くと、俺に頭を一つ下げてホームへ出る。その姿が妙に眩しく見えた。

「名字、名前……」

ノートに書いてあった名前を、俺自身聞こえない位の声で呟く。
電車の騒音に掻き消されるそれは多分、俺がもう二度と口にすることは無い名前だった。
そう考えると、もう少し今の時間が続いてくれれば良かったのにと思った。



*



ホームに降りたら階段を駆け下りて別の階段を駆け上がる。どうしてエスカレーターが無いのとかそんな余計な事を考える余裕なんて無かった。
登り切って見えた目の前の閉まりかけの扉に滑り込み乗車。空いてる電車で良かった。
開いていたのと向かい側の扉に寄り掛かり肩で息をする私に対する車内アナウンスの注意が耳に痛い。
滑り込み乗車の私に集まっていた視線も無くなって呼吸も落ち着いた頃には駅に着く。
降りるとうちの生徒達の声や電車の発車音、それに伴う強風が一気に襲ってくる。

「名前っ!」

下りエスカレーターを降りた私の後ろから友人が話し掛けてきた。普段なら危ないと注意するのも出来なかった。

「どうしたん?顔真っ赤だよ?しかもこんな遅刻ちょっと前の時間……。わかった、寝過ごしたな!?そんで慌てて駆け込み乗車して息が上がって顔真っ赤っかって訳だ!大丈夫私もよくやるよー。で、どう!?名推理でしょ!」
「……」

八割位当ててるとか常習犯なのかとかあんたの場合それ完全遅刻じゃんとかちゃんと話は聞いてはいたんだけど会話ができない。

「ちょっとーせめてうんとかすんとか言いなさいよー」

何か言わなきゃ、頭をフル回転させて言った言葉がこれ。本当に混乱してたということが解る筈。

「少女漫画かっ!!」
「ハイ!?」


あんた頭大丈夫?とかヤバい物を見る目の友人も目に入らずに完全に自分の世界に突入してしまう。
私があの小説が気になった理由が解った。
また明日会えたら、お礼と謝罪と、できたら名前も言いたいなって。
そう思ったら、朝の満員電車の楽しみがまた増えたのだ。








神峰がコミュ障過ぎる気がする。
原作開始より少し前のお話です。

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