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*は注意


立入禁止と書かれた看板を乗り越えて見たものは、竜二が知らない景色だった。

「……何処だ此処は」

思わずそう呟いてしまう程には変わっていた。
この場所は以前は大きな森だった場所なのに、今は草木一本生えておらず、茶色い土が剥き出しになっていた。

「酷いよねー全く。木も草も、全部無くなっちゃった。ここさ、これから住宅地になるんだって」

声のした方に目を向けると女が静かに立っていた。その女は竜二もよく見知った顔だった。

「生きてたのか。木霊」
「何とか。伐られた時は人間だったからね。ま、能力は消えちゃったみたいだけど。もしかして心配した?」

やれやれと肩を竦める彼女に竜二は呆れた様に声を出す。

「馬鹿言え。妖怪の力が消えたなら何よりじゃねーか。そのまま人間として生きちまえ」
「アハハ無理無理。母親殺された恨みは忘れられないよ」
「だろうな。だから俺を呼んだんだろう?」

笑いながら言う彼女だがその内容は笑えない。しかし竜二は何も感じる事も無く答えた。

「そうそう。ね、前言ってたさ、ねねきりまる……だっけ?妖怪だけ斬る刀。あれの逆バージョン、持って来てくれた?」

目を輝かせて求めるのは似合わない物騒な物で、憐れみを向けたくもなった。

「前も言ったが、それもうただの刀でいいだろうよ。……ほれ」

持っていた日本刀を彼女に投げ渡す。かなり危険な行為だが彼女は特に動じずに受け取った。

「どっちでもいいよそんなの。ありがと」

刀身を鞘から抜き、その白刃を空に翳す。
それを見て竜二も空を見上げた。

「……随分と広くなったな」
「そうだねえ。私は木々の間の息が詰まるくらい狭っ苦しい空間から見る狭っ苦しい空が好きだったのにね。丸見えだよ全く」
「物好きな奴」
「生まれた時からあった馴染みの物の方を好むのは何にもおかしくないと思うんだけど」

竜二が鼻で笑うと彼女は口を尖らせて言った。

「確かに人は広い方が良いのかもしれないけどさ、私人じゃないし」
「そうだな、半妖。あ、でも能力消えたからもう妖怪じゃねーんだな。良かったなあ、俺に殺されずに済むぞ」
「うんゴメン。一発殴らせて」

竜二の華麗なる棒読みに対し殴るという選択をするも躱された。

「何だよ祝ってやったんじゃねーか」
「あのね、確かに私は一応学校には行ってたけどね、それは母さんに言われたからで私は人間として生きる気なんてさらさら無かったの!妖怪志望!だから今更そんなの無理だし何よりも私が嫌!」
「だろうな。母親伐り殺した人間と同類になるんだからなあ」
「……わかってるなら言わせないでお願い。」

彼女は疲れたという様に息を吐く。

「……まあ、人間は妖怪なんて信じてないのは知ってるしね。いずれこうなるって予想してはいたよ」

諦めた様に周囲を見渡す。何もない空間。空と大地と、その向こう側にうっすらとビルが見えた。

「だから、それが必要なのか」
「……うん」

俯いて、出したままの抜き身をもう一度見る。それに写った彼女に表情は無かった。

「妖の力も消えて、人間としても生きたくない。なら、こんな私には一体何の意味があるんだろうね」
「……半妖の里って所がある。そこなら」
「柄にも無い事を言うね、竜二」

顔を上げた彼女の目は覚悟を決めていた。

「私はもう、十分生きたから」
「俺と同い年が何言ってやがる」
「止めるつもり?なら、なんでこの刀、持ってきたの」
「……」

言葉が出なかった。気圧されたのではない。図星を突かれたからだ。竜二はわかっていた。自分では彼女は止められない事を。だから持ってきた。
高校に入学した時にすぐ竜二は妖怪が紛れ込んでいる事に気がついた。それが半妖だとは想像していなかったが。
式神や自らによる監視を通して彼女が木霊だと知った。共に生まれた木が無ければ生きられない妖怪。逆に言えば木があれば半永久的に生きつづけられる妖怪だ。しかし彼女は父親が人間で半妖のその妖力は極めて小さいとも知った。だから長寿なだけで、放置していても問題無いと判断した。父親がもう随分前に死んでいる事も彼女自身の口から知った。
その時点で十分自分らしくなかった事は竜二も自覚していた。大小関わらず妖怪を滅してきた自分が特殊な事情も無しに見逃したのだ。その上監視に気付かれ交遊を持つまでに至っていた。無論陰陽師として許される事ではない。だからこそ、竜二は決めていた。

「…………だよ」

彼女は自分が滅すると。

「え?」

竜二は地を蹴って彼女の元まで行くと、そのまま勢いで押し倒した。それは決して色気のあるようなものでは無く、彼女の胸元は踏み付けられ首には奪い取った白刃が突き付けられていた。

「……っいきなり、乱暴じゃない」
「余裕こく割には冷や汗が出てるぜ。大丈夫か?」

実際彼女は焦りを見せていた。しかしそれは一瞬で、すぐに無表情になり、そこから笑った。

「そこまで甘えられないよ」
「っ!」

刹那、彼女の顔の側の地面から木の根が蔓の様に突き出してきた。竜二は反射的に彼女から離れたが、庇った左腕の制服の裾が少しだけ破けており、刀は盗られ彼女の手の中に戻っていた。

「ったく、能力消えたってのは嘘か?」
「朱に交わったから朱くなったんだよ。絶対君の影響だね」

彼女は刀を杖に起き上がってパンパンと服に着いた土を落とした。

「まあ、今昼間だし、私の畏が消えかかってるのは本当だよ。多分今ので限界。もうできない」

(する気も無いけど)

続く言葉は飲み込んだ。
どうせもう長くは無い命だ。ならば余計な事は言わずに、綺麗な死に方でも追いかけようじゃないか。

「……楽しかったよ。君との高校生活」
「俺は最悪だったな」

その言葉に笑みが零れた。

「でも、そんな奴の為に、君は来てくれたじゃん」

正直に言うと賭だった。この森が伐採される事は、彼女から竜二には言ってない。それに竜二が運良く知ったとして、関係無いと切り捨ててもおかしくないと彼女は思っていた。
だからこそ、今ここにいる。その事実だけで彼女は十分だった。

(これ以上は、望めないよね)

『生きなさい』

昨夜の母の言葉が蘇る。
伐採の前日、母は彼女に生きろと言った。

(ゴメン、母さん)

しかしそれは、彼女にとっては生き地獄の様なものだった。

(母さんや皆を殺した人間と、同じ様に生きれるほど私は強くないよ)

母が切り倒される音はまだ耳に残っている。他の純粋な木霊達の怨嗟の声も、痛みによる悲鳴もだ。
母は森で生き、森で死んだ。森の中しか知らなかったそうだ。
けれど自分は父の人間の血があったから、竜二と出会えた。
母の妖怪の血があったから、彼と関わる事ができたのだ。

(でも、私が半幼じゃなかったら、ただの人間だったら、竜二は側に居てくれたの?)

何度考えても答は否だった。
自分から聞く勇気もなかった。だからこそ、今回の事は自分にとってある意味では良い機会だったのかもしれないとも思った。消えずとも極限まで弱まった妖怪の血。そして居場所も失った。もう夜の世界で生きるのは不可能だろう。
ザッと足音と共に彼女に陰がさした。上を見ると竜二がすぐ目の前に立って彼女を見下ろしていた。

「……っ」

彼女は何も言えなかった。それは、竜二が彼女に今まで見せたことの無い表情をしていたから。
動けなかった。
哀しかったからではない。彼女を包んだのは、強い喜びだった。

(私の為に、悲しんでくれるのか)

それがこの場にそぐわない感情だということは十分に理解している。それでも思わざるを得なかった。

「……仰言」

竜二が呟いた瞬間、彼と彼女の間の地面に水が走った。
金生水の陣。
発動させるまでに3分を要する竜二の技。
それを知らない彼女でも、それが大技だと解った。
自分を滅するに余り有る技だということも。

「中々光栄だね。こんな凄い技で葬って貰えるなんて」
「妖怪の力が残ってんなら、その刀じゃ死ねねーだろうが。……一応聞いてやるよ。言い残した事は有るか」
「ありがとう。最高の終わり方だ」

最初は自分で死ぬつもりだった。けれど確かに、このただの日本刀では死ねないかもしれない。ボロボロの精神で考えた計画だからか穴だらけであった。
しかし結果、彼女は最も望んでいた結末を迎えることになった。

「……そうかよ」
「うん。ゴメン、卑怯者で」

全て押し付ける形になってしまった。それだけが彼女の僅かな心残りだった。

「止めろ。自覚してる分質が悪い」
「君に言われたくないなあ」
「……じゃあな」
「うん。バイバイ」

目の前に水の壁が上がる。
やけにあっさりとした最期だった。
彼女は最期まで笑っていた。
二人の間にどんな思いがあったのか。その答えは今、竜二自身が闇に葬った。
ただ太陽が沈むその瞬間まで、竜二はその場所に立ち尽くしていた。そして夜になると、誰もいなくなった。
彼等を隠していた木立の世界は、もう何処にも無いのだ。



「僕の知らない世界で」様提出作品



初めてアイデアが浮かんでは消えを繰り返しました。
数秒前の記憶が消えるヤバい。
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