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*は注意


 ちりん、と静かに風鈴が鳴る。

 「起きろ」

 縁側で夢見心地でそれを聞く。私の至福の時間だ。それを脇腹への衝撃が潰した。


 「何!?……あれ、竜二?どうしたの?」
 「時間だ」
 「え……、もうそんな時間か?まだ日暮れまでは少し時間はあるだろ?」
 「襲撃されてから結界を張るつもりかこの阿呆」

 縁側で横になっていた私を蹴り起こしたのは同僚の花開院竜二だった。
 今日あたり来ると予測された京妖怪たちの侵攻を迎撃する為に、相刻寺で我が福寿流が総力を挙げて結界を張るらしい。

 「全く、人がせっかく気持ちよく船を漕いでいたというのに。風情が無いねえ君」

 箪笥から着物を取り出してキャミソールとハーフパンツ姿からそれに着替える。竜二は一応私に背を向けていた。生まれた頃からの付き合いなのだから今更のような気もするが、女として意識されているのだと思えば、悪い気はあまり起きなかった。ちょっと前にそれを言ったら調子に乗るなと怒られたが。

 「腹出して寝ていた奴に風情を語られたくはねえな」

 顔を合わせれば嫌味を飛ばしあう。私達はそんな関係だった。私が勝った事は無いが。分家と本家の違いはあれど、私達は幼少期の殆どを一緒に過ごした。けれど彼は才能を開花させ、私は未だに本家入りすらできていない。次第に疎遠となり、顔を合わせる回数も少なくなっていった。それでも私以上に忙しいはずの今、このタイミングで来てくれたことを嬉しく思った。だからこそ、いつもどおりを貫こうとした。

 「ああ言えばこう言う。君、そんなだから妹にツンケンした態度しか取れないのだよ。一度でいいから、ゆら、君は最高の妹だとか言ってみるといいよ。私の人生で最も笑った出来事にしてあげっ……てひはいひはい!!ほーりょくはんらい!!!」
 「下らねえこと言ってねえで準備しろ」
 「グオッ……!ッタタ……はーい……」

着替え終わったのを察したのか竜二は足払いをかけたあと私の口を封じにかかった。
 ちなみに、漫画とかで良くある頬を抓られたとかそんなかわいいレベルのものではない。彼の足で私の頬と口の部分をグリグリと踏みつけられたのだ。そしてその後縁側から蹴り落とされた。式神で攻撃されるよりは断然マシではあるが、痛いことには変わりない。というよりも私は一応女なのだが、その辺りの考慮は一切無し。しかし文句の一つでも言ってしまえばまた更に10倍になって返ってくることは必至だ。何も言わずに仕度を整える事にした。

 「これが一緒に育った女にする扱いかこのシスコンが……!!」
 「なんか言ったか?あ?」
 「いえ、何も!」

 本家入りはしてないとは言え、それなりに長い付き合いではある筈なのにこの扱いはなんなのだ。才能の有無か。もう慣れたが、こんなのをおそらく毎日受けていたのであろうゆらちゃんは凄い。本当に凄い。

 「……ちゃんとしっかり守りなよ?ゆらちゃんのこと。私は見捨てていいから」
 「当たり前だ」
 「……ごめん竜二。君のシスコン具合に私は今戦慄を覚えている。少しは葛藤して欲しかった」
 「毒死と溺死、選ばせてやるよどっちだ?ちなみに、焼死もあるぜ」
 「全力で遠慮します申し訳ありませんでした」
 「わかればいい」

 目がマジだった。だから全力で土下座した。さっきよりも強く頭を踏みつけられてグリグリされている。女王様か。

 (……女王様なら、家臣の願い事も叶えてくれるかな?)
 

 我ながら馬鹿な考えだと思う。そもそも報酬を受け取るだけの成果も挙げていないじゃないか。
 後から考えると大分おかしい考えだったが、この時の私は何故か実行した。それ位には精神的に追い詰められていたのだろう。

 「……なあ竜二。一つだけ聞いてもいいか?絶対に怒らないで欲しいのだが」
 「……………………言ってみろ。」

 妙に長い間と足のグリグリが少しゆっくりになったのが怖かったが、少しだけ安心した。多分彼には私の言う事など想像がついていたのだろう。
 今夜、私は結界班として駆り出される。うちの流派の後見人の雅次様は行方不明。その上八十流と愛華流の秋房様や破戸様も同様だ。
 私は、修行こそは積んでいるとはいえ実践経験は無しに近い。それは他の皆もほぼ同じの筈だった。私達花開院は四百年の平和に甘えきっていたのだから。

 「何百年も業を煮やしてきた妖怪達に、人間が勝てる道理があんのかねえ」

 部屋が沈黙に包まれる。今生き残っている花開院の陰陽師の殆どが思っていて、それでも決して口には出さなかったことだと思う。でも私は言いたくて堪らなかった。その答えを知らなければ、納得ができなかったのだ。

「俺たちは陰陽師だ。京の守護者として、敵に世を向けるわけにはいかんだろう」
「わかってるよ」

 そんなテンプレートの答が欲しいのではない。ただ私は怖いのだ。福寿流は防御専門。妖怪から身を護る術はあれど、倒す術は持っていない。死ぬのが怖い。目の前の彼に会えなくなるのが怖くて堪らない。妖怪の戦いは畏れで決まると、そう分かっていても、怖いのは変わらない。

 「……それに、相手が何百年生きていようが、俺たちが絶対に勝てねえっていう道理もねえよ」

 その言葉のあと、風がヒュウ、と一筋吹いた。チリンと鳴る風鈴の音が静かな和室に響き渡った。
 そして竜二は退出し、部屋には私一人になった。

「……そうだね。ありがと」

 誰もいなくなった部屋で呟いた。
 風鈴の音はもう一度響いた後、部屋に溶けて消えた。



 チリン。
 今見えるのは真っ暗な星空と血塗れの私の手。ついさっき、私達の結界が破られた。
 漫画とかでなら走馬灯が流れるはずの場面で思い出すのはつい数時間前の記憶。

 「……竜、二。ごめん」

 それは、むざむざとやられたことに対する謝罪なのか、柄にもないことを言わせたことに対するものなのか。それとも、残して逝くことか。

 (……何を考えているんだか)

 前二つはともかく、最後のはおこがまし過ぎるだろう。
誰もいない。
近くではまだ戦いの喧騒がする。行かなきゃ。ゆらを、私達の大切な希望を守らなきゃ。でも動けない。助けは来ない。こんな時は見捨てろと言ってある。というよりも、この状況で負傷した陰陽師を助ける余裕のある人間なんているのだろうか。
 嗚呼それにしても痛いなあ。妖怪に結界ごと紙の様に真正面から袈裟切りされた。私はあの武器をどこかで見たことがある気がするのだが、気のせいだろうか。
星が滲む。死ぬ時くらいは綺麗な夜空がいいのに。
 手を伸ばしても何も変わらない。むしろ斬られた傷の痛みが増した。妖怪なら一思いに殺してくれればいいものを。消えた筈の恐怖を思い出させるな。
 頬に熱い液体が伝って、やっと気づいた。
 私は、泣いているのか。
 笑ってしまう。こんな自分では確かに彼と同じところには立てはしない。
 そういえば自室の風鈴を片付けていなかった。自分で箱から取り出して縁側に吊るして音を聞くという過程が好きなのに。今も誰もいない部屋で鳴り続けているのだろうか。
 私は静寂の方が好きだが、あの風鈴のあの音だけは割と気に入っていたのだ。

 (……なんでだっけ)
 (ああ、そうだ)

少しだけ、思い出さなければ良かったと思った。でももう遅い。

 (あいつが、買って来たんだった)

 疎遠になり始めた頃だ。理由なんて知らないし気まぐれかもしれないけど、確かにそうだった。そうか、もう、聞けないのか。

 「……ごめん、ね」

 誰への、何の謝罪なのか。それはきっと、誰にもわからず、そして誰にも届かない、空虚なものだった。
 それでも私は多分、笑っていたのだろう。
 まるで、風鈴の様だと。
 あいつから貰った、唯一の物の様だと。

 「…………、……」

口を動かしても、もう声は出なかった。
 チリン、と静かな音がした。

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