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夕日のせいだ [ 10/12 ]




チュン、チュン、と鳥の囀りが聞こえ、空が白ばんで来た頃。

未だに明かりを点け、目のしたに酷いクマを作り必死に筆を動かしている梓がいた。

(もうちょっと、もうちょっとだ……!!)

残りの書類の枚数を見て、更に筆を動かすスピードを上げた。

そしてついに、残り枚数が無くなった。
筆を置いて後ろへ倒れる。
終わった。やっと、終わった。

仕事机をみれば、処理済みの書類が山のように積まれていた。

(よく頑張った私……!)

「提出、しなきゃ……。」

自画自賛するのも束の間。ふらふらとした足取りで纏めたそれらを副長の部屋へ運ぶ。途中でゾンビの様な状態の梓を見た早番の隊士達が心配して声をかけたはいいが、三徹した彼女の耳には届かなかった。



*



「お疲れさん。」
「ありがとう、ございます……。」

途中で意識が途切れかけたものの、なんとかたどり着いた副長の部屋にて。
一通り書類に目を通した土方が言った。それと同時に梓の緊張が解けた。

「では、休暇に、入らせて、いただきます、ね……。」
「おい、大丈夫か?」
「ご心配、無く……。」

そうは言ったものの、三徹はやはりきつかったらしい。
立ち上がろうとした瞬間、ガクンと力が抜け畳へ倒れ込む。慌てた土方がそれを受け止めた。
駄目だ、寝るな、自分をそう叱咤するけれど襲って来る睡魔には敵わず。

(副長、申し訳ありません)

土方の腕の中で遠くに聞こえる彼の声をBGMに梓の意識は途絶えた。



*



(……煙草臭い。)

けれど心地好い。

「……ん……?」

目が覚めると、黒が見えた。次いで梓は自分が布団の中にいると気づく。ここが自分の部屋であることも。
おかしい。自分は副長の部屋で倒れたはずだ。
ふと自分の手を見ると何かを掴んでいた。

「これは……。」

真選組の隊服だ。しかも幹部クラスの。最初に目に入った黒はそれだった。

「起きたか。」
「っっ!?」

声がした方へ目を向ければ縁側に土方が立っていた。ただし上着を着ていない。
「副長、あの、この状況は……。」
「あ?お前が俺の部屋で爆睡しちまったから運んでやったんだろーが。」
「なっ……。」

やってしまった。
梓の脳内に真っ先に浮かんだのはその言葉だった。

「申し訳ありませんでした!副長もお疲れですのに先に私が倒れるなど……!!」

土下座する勢いで謝罪した。副長補佐である彼女にとって、その名の通り補佐するべき土方より先に休むなど、ましてや運ばせるなど言語道断だった。

「あーいいからいいから。お前の仕事はちゃんと終わってんだ。気にすんな。」
「……申し訳ありません。あの、ところで、この上着は……?」
「俺のだ。お前が掴んで離さなかったからな。」
「!??」

何と言うことだ。
補佐失格という以前にただ純粋に恥ずかしかった。
土方の顔を直視できなくなった梓は部屋へと視線を泳がせた。今気づいたが部屋にはだいぶ西日がさしており壁や床を赤く染めている。

「あの、私は何時間程寝ていたのでしょう……?」
「あー提出したのが結構早かったからな……。10時間位じゃねえか?」
「そう、ですか……。」

そんなにも寝たのは久しぶりだ。
ここのところ仕事もあったが別の件でも眠れなく、睡眠不足が否めなかった。

グゥゥ。

「っ!!」

時間を意識したら梓の腹が鳴った。土方をみれば笑いをこぼしていた。

「ふっ副長!」
「ワリイワリイ。朝から何も食べて無いんだろ?ちと早いかもしれねーが食堂行くか。」
「……はい。」

赤くなっている顔は気づかれなければいい。もし気づかれたら夕日のせいにしてしまえばいいと思った。

(言える訳が無いじゃない。)

笑っている副長に見惚れていたなんて。

布団から出て土方の後を追う。

「胃袋空っぽだろ?粥でも作ってもらうか。」
「マヨネーズは入れないで下さいよ。」
「なんでだ。」
「あんな油っこいもの空の胃に入れられますか。」
「大丈夫だ。マヨはな「先に行ってますねー」あっちょっ、待てっ!」

(大好きです。副長)

ずっとこの背中に着いて生きたい。

梓はただ、そう願った。
それが叶わない願いと知っていても。

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