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草薙の店の買い出しに付き合ったその帰り道、晩秋の空をスーッと小さく横切る物が見えた。

「トンボ……。」
「まだいるもんなんやなあ。」
「今年は暑かったから、トンボもやっと秋が来たとか思ってるのかも。」
「かもな。」

赤い夕焼け空とトンボという組み合わせを見て、照はふと思い出した。
競争だと言って毎日、日が暮れる直前まで弟分と近所の子達と皆でトンボ取りをして遊んだ日々のことを。

「トンボって、視界が広いから、後ろからそっと捕まえないと駄目なんだよな。」
「なんやいきなり。」
「いや、ふと、思い出してね。トリモチも結構捕まえられるけど、剥がす時に羽や身体がボロボロになっちゃうからあまりオススメはしない。」
「よく知っとるな。」
「田舎育ちナメるな!」


夕日に照らされて輝く稲穂。見事な紅葉を更に赤く染められた山。雲一つ無い澄んだオレンジの空。舗装されていない田圃の脇道。水路の水の流れる音。近所の人が飼っていた犬の鳴き声。はしゃぐ子供達の声。そろそろ帰って来いと叫ぶ親。時間を伝える鐘の音。鳴きはじめる鈴虫達。今でも簡単に思い出せたことに驚く。
クロはいつも馬鹿正直に真正面から突撃して毎回逃げられていた。それを笑いながら、照は網でさっさと取り数を稼いでいた。二人の師である三輪一言が殺生を好まなかったので、すぐに逃していたが。

「あの頃は楽しかったなあ。」
「今も、楽しいやろ?」
「当然。」

今が悪いのかと聞かれたら、間違いなく違うと即答出来る。照は別に戻りたいと思った訳ではない。ただ、随分と遠くまで来たとも思っていた。
金色の稲穂はビルに変わり、高く澄んでいた空も随分と狭くなった。全く違う環境に寂しさを感じるようなことも無かった訳では無い。

(……でも、私が今居るのはそこじゃないんだよな。)

ふと、隣を歩く草薙を見た。自分よりもずっと高く大きい彼が傍に居る。それだけで照の世界は最高に輝いた。

「出雲。」
「どした?」
「傍にいてくれて、ありがとう。」
「こっちの台詞や。」

草薙が空いていた右手で照の手を取る。さりげなく車道側を歩く彼が愛おしかった。大切だった。きっと、この気持ちは何年経とうと変わらない。そう信じられた。
手袋越しなのに熱が頬に伝わった様に朱くなる。それを隠す様に照マフラーに鼻を埋めた。

「大好き。」

彼に聞こえない程度の声で伝えた思いは赤い夕焼け空に消えていった。
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