×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -
意図せぬ人


空き巣だろうと、警察の人は言っていた。

警察を呼んで、大家さんに連絡して、そこから先の対応全部を冨岡先生がやっていた。本来なら私がやるべきことだ。けれど私が出来たのは現場検証と盗まれたものの確認だけだった。
これだけは冨岡先生も出来なかったから。
他のことは冨岡先生が絶対に何もやらせてくれなかった。大人しくしていないと足の骨を折ると言われた。これ脅迫では?思ったけれど大人しくしていた。この人は本当にやると思ったからだ。
不幸中の幸いか、盗まれた物は下着数枚程度で、他には特に無かった。金目の物などウチには無い。パソコンは中古の安い物で、通帳もキャッシュカードも印鑑も普段から持ち歩く派だ。クレジットカードは持ってない。作ろう作ろうと思いながら面倒くさくてここまで来た。あと浪費が怖い。
途中で婦警さんが安心させようと話しかけて来てくれた。そちらこそ夜まで出勤お疲れ様ですと、そう答えたいのに声が出なかった。
彼女はパニックになっているのだろうと察してくれたのか、優しく声をかけてくれた後にまた現場の方に戻って行った。
冨岡先生はまだ警察の人と話をしている。ちょっと変わった色の髪が制服の帽子から見えていて、冨岡先生はまるで知り合いの様に長く話していた。
情けないが冨岡先生に任せてアパートのブロック塀に沿って体育座りで蹲る。
体調不良本日二回目です。
吐きそうです。てか吐いた。アパートの目の前で吐いた。あてにしていた部屋のトイレが使えないんだもの。路上で吐いたの大学以来だわ。冨岡先生の目線が痛かった。
婦警さんには申し訳ないのだけれど、空き巣に入られたダメージよりも、ぶり返してきた体調不良の方がヤバい。
吐いたら少し楽になったけど、一刻も早くベッドで寝たい。頭痛い気持ち悪い。

「大丈夫か?」
「あんまり大丈夫じゃない、です……」
「だろうな」

冨岡先生が話しかけて来て、ペットボトルのミネラルウォーターを渡して来た。わざわざ近くの自販機から買って来てくれたのだろう。お話は終わったのだろうか。

「あ……ありがとうございます」

受け取った水を飲む。少し、落ち着いて楽になった。やっぱり冨岡先生の側にいると体調が良くなる。体調どころじゃないだけかもしれないけど。

「これからどうする気だ」
「さあ……、どうしましょう。結構荒らされちゃいましたからね。犯人さん、床に土足で入ったみたいですし、掃除も今はまだできませんし。とりあえずお巡りさんの許可が降りたら、今日は窓にダンボール貼って何とか凌ぎますよ」
「お前、まだここに住む気か」
「家賃安いんですよね、ここ」

冨岡先生が凄い目で見下している気がする。体育座りしてるから見えないけど、圧が凄い。
女である以上住処には一定以上のセキュリティを求めるべき、という冨岡先生の論はわかる。わかるが金が無い。貧乏とは悲しいものだ。実際のところ少し運動ができる人なら確かにベランダ沿いに侵入できるなとは思っていたけれど。冨岡先生とか余裕で入って来れそう。いや決して冨岡先生が犯人とか思ってないから。

「でもまあ、こんな事件起きちゃいましたしねえ。今日のところはまあ……どうしましょう。何とか安いホテル探しては見ますけどまあ、引き続きこの部屋に住むつもりですよ」

貧乏の理由は薄給もあるが携帯代も大きい。格安SIMでも積み重なると馬鹿にならない。だがしかし現代社会でスマホを持たないのは原始人とほぼ同義であり、これによって精神安定も職業検索など、基本必要なことはできる。というか無いと転職難易度がぐっと上がる。
未だ警察のいる空き巣の現場の真っ只中に鎮座しているパソコンを使えない今、スマホは私の生命線だ。解約しないでマジで良かった。今度ガラケーの大手検索サービスも終了するらしいし。あ、でも今部屋に入れないから他でWi-Fi探さないと。駅前まで戻らないと無いかなあ。

「……お前、友達とか」
「数年連絡取ってませんね。仕事が忙しくて」
「……」
「……やめてくださいよそんな目で見るの。言っておきますけど、私、友達はちゃんといるにはいるんですからね。家泊めてといきなりは言えないだけで」
「……」

冨岡先生の視線から逃げる様にスマホを見る。
連絡先を見ても、学生時代は仲良かったとはいえ、やはり数年振りに連絡していきなり泊めて!と言える人はいなかった。

「義勇ん家に行けば良いじゃん」
「……はい?」

突然割り込んできた声に思考停止した。
声の方を向くと、その主はさっきまで冨岡先生と話していた警察の人だった。ピンクではないけれど肌色よりもちょっと赤味が強い、獅子色というのだったか、そんな髪に紺の帽子を乗せている。けど何より目を引くのは口元の傷だった。古傷なのだろう、痛みを感じさせない彼の太陽の様な笑顔は傷の影など全くなかった。

「……錆兎」
「ヒィッ」

しかし冨岡先生は見たことないほど眉間に皺を寄せている。思わず悲鳴が出るほど怖かったが、錆兎と呼ばれた警官さんは笑って流す。

「良いじゃねえか。車ならそう遠くないし、どうせあの広い家に一人なんだろ」
「だがな」
「お前姉ちゃんいたし女性の対応わかってんだろ。ここで見捨てるとか男じゃないぞ」
「待て」
「大丈夫だ園城さん。何かされたら俺がコイツに手錠かけてやるから!」
「おい」
「よし決定!送ってくぜ。パトカーだけど」
「仕事しろ」
「もう聞き込みは終わったよ。じゃ、早く来いよ!」

錆兎さんは笑ってパトカーの方へ行った。前言撤回。太陽、というよりも嵐の様な人だった。
ぽかんと置いていかれた私たち二人。
冨岡先生がはーーー、と長く大きなため息を吐いてこちらを見る。

「……いいか?」

どう答えれば良いのだろう。あまりの展開の早さについていけなくなりそうだ。正直これは受けても断っても冨岡先生の機嫌は悪くなりそうだ。

「冨岡先生が、いいなら……私は雨風凌げれば後は特に何も文句はありません」
「……なら、行くか」

だから冨岡先生に任せることにした。
そうしたら観念したのか、錆兎さんの後を冨岡先生が歩き出す。私はそれについて行った。
それにしても冨岡先生にこんなグイグイ行ける人初めて見た。

「……あの、錆兎さんは、お知り合い、ですか?」
「……」

思わず尋ねてみたが返事はない。聞いてはいけないことだったろうか。それにしてはフランクな関係そうだったけれど。冨岡先生お友達いたんですね、とは口が裂けても言えなかった。

「……家が近所で、顔馴染みだ」
「義勇お前、その説明はないだろう。お前にとって俺はその程度か?」
「だそうですが、先生」
「……」

何とか絞り出したのだろう答も、戻ってきた錆兎さんに否定された。
冨岡先生は無言のままエンジンのかかったパトカーの後部席に乗る。慣れているのだろうか。犯罪者みたいだと一瞬でも思ったのは墓場まで持っていくことにする。
私といえば助手席とどっちに乗れば良いのか迷っていた。そんな私の肩を叩いて錆兎さんが話しかけられる。

「パトカー乗るの初めて?」
「そりゃあまあ……」
「じゃあ助手席乗ってみるか?美人さんが隣にいた方が俺も運転し甲斐がある」
「えっ!?」
「錆兎!」
「わぁッ!」

冨岡先生が怒鳴って、私の腕を掴んで車に連れ込んだ。
視界の隅で錆兎が腹を抱えて爆笑していた。私は狭い車内で背中から抱きしめられていて、さっきの満員電車以上に強く密着していて、何が何だかさっぱりわからない。

「と、冨岡せんせ」
「錆兎、お前には真菰がいるだろう。他の女に粉を掛けていいのか」
「こっ……!?」
「はは、悪い悪い、冗談だって」
「冗談にしては質が悪い。そもそもお前は俺を構うよりも自分のことを優先しろといつも」
「はいはいわかったって。これくらいにするから、説教モード入るな。もう義勇の生徒じゃないんだ。……じゃあ車出すぜ」

降参の仕草をして錆兎さんが運転席に座る。
冨岡先生の冨岡先生っぽいところを久しぶりに見た。説教モードに入ると竹刀を担ぎ仁王立ちして生徒を正座させて、本当に怖いのだ。私は食らったことは無いが、あれは見てるだけでも怖かった。冨岡先生には逆らわないでおこうお思ったのをよく覚えている。
冨岡先生の生徒ということは錆兎さんは私の先輩か後輩だろうか。口元に傷はあるけれど、屈託無く笑う顔が幼く見えて、年齢は伺えなかった。
その冨岡先生の腕は未だに私の腰に回ったままだ。背中が一気に熱を帯びる。温かくて気持ちいい。

「お二人さん、いつまでもくっ付いてないで、シートベルトは締めてくれよ。問題になるから。俺が」
「はっ、はい!」
「……ッ!!」
「うわぁぁ!先生ごめんなさい!」
「アッハッハ!!義勇が女の人にやられた!!」
「……ッ錆兎ォ……!!」

錆兎さんの言葉に離れようとして、勢い余って、冨岡先生の鳩尾に肘鉄を入れてしまった。結構良いところに入ってしまったようで、冨岡先生が悶絶している。夢にまで見た冨岡先生に一発入れる瞬間をこんな形で実現してしまった。
その様子をバックミラーで見ていた錆兎さんがまた笑う。
私が騒ぎ錆兎さんが笑い、ついに冨岡先生がキレるまでそれは続いた。結局車が出発したのはそれから十分後のことだった。



「ここから義勇の家なら十五分ってところか?」
「え、私、昨日は一時間くらいかかったって冨岡先生が……」
「道に迷った」
「いやでも」
「道に迷った」
「え〜〜?ホントウですか〜〜〜??冨岡先生いつのまに方向音痴になったんですか〜〜〜??昨日も送ったって話は聞いてないですよ俺〜〜」
「錆兎ッ!!」



後書き


prev / next


.