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転回する道


※捏造過多


冨岡先生に送ってもらって、家に着いた時には時計は二時をまわっていた。それでもシャワーで済まさずにお風呂を落とし湯船に浸かり、面倒臭くてやらなくなっていた全身スキンケアまでしっかりして、目覚ましをセットして、ジャージではなくお気に入りのモコモコパジャマに袖を通してベッドに入った。

冨岡先生の車の助手席めっちゃよく眠れた。

瞳を閉じた瞬間に寝た。おやすみ三秒もかからなかった。あまりの熟睡に家に着いても冨岡先生に思いっきり引っ叩かれるまで起きなかった。深夜で近所迷惑だから怒鳴らなかったのだろう。グーで殴られなかっただけでマシである。冨岡先生が言うには肩をブンブン揺すられても起きなかったらしい。その後連絡先貰えた。冨岡先生LIENやってるのまじですか似合わないって今度は口には出さなかったのに引っ叩かれた。顔に出てるって、そちらこそわかるのはギリギリメールまでの人的な雰囲気出してるじゃないですか。

正直に言おう。
短時間とはいえ久しぶりの快眠によりテンションMAX状態である。
ほかほかの風呂上がりにボディクリームのフローラルな香りを纏いながら部屋にいるというのが久しぶり過ぎて不思議な感じだ。さっきから何回久しぶりと言ったかわからない。
この状態で寝るのは勿体ない気すらしてくる。
何をトチ狂ったか、ベッドから抜け出しパソコンの前に座った。仕事を思い出すから触りたくなくて、埃をかぶっていた。
ブゥンと音を出しながら立ち上がるのを待つ。
中古のポンコツだから少し時間がかかる。うっかり眠くなってきた。いかんいかん。
眠気を振り払いながら検索エンジンに文字を打ち込む。

『ブラック 辞め方 確実』






絶対に会社を辞める。そう決意してからの出社。今日の私は一味違うぞと職場に足を踏み入れた。
雰囲気がおかしい。
朝礼で社長の前で社訓を叫ばされた後はいつもは挨拶もなく皆死んだ目でパソコンと向き合っているのに、今日はざわざわと小声で噂話が飛び交っている。とりあえず席についてその噂に耳を傾けた。そして聞こえてきたのは、幹部の一人が退職願を出したということだ。

「猗窩座部長が、辞める……?」

先手取られたぁぁぁぁぁあ!!!!

内心で絶叫した。絶叫できるくらいには元気があった。
その元気で退職届出して周囲と調整と引き継ぎやって今月か来月中にはこの会社からおさらばしてやろうと思っていたのに!

猗窩座部長というのはこの会社でも相当の古参で、幹部の一人である。仕事のできない部下の尻拭いをし、上からのパワハラと無茶な要求に応え続けた中間管理職の鏡である。猗窩座さんがいなければ少なくともこの会社の半分は回らなくなる。そしてその波を最も受けるのは私のいる部署だ。
まずい。
とてもまずい。
今このタイミングで猗窩座さんに辞められたら、残された部員の私の退職難易度は半端なく跳ね上がる。
ならばやるべきことは唯一つ。
猗窩座さんよりも一刻も早く退職届を内容証明郵便で送ることだ。そうと決まれば仕事なんかしてる場合じゃない。今日は必ず絶対に何があろうとも定時で帰るのだ。
ここで早退なんてできる度胸があるなら二年間もこの会社にいない。

「園城」
「はい?」

いつもよりもずっと速いスピードで仕事を処理していく。この調子でいけば入社後初の定時退社ができるかもしれない。この会社にも定時というものは一応存在する。入社前の説明会の時にしか聞いたことないけど。」
一心不乱にパソコンに向き合っていた私に誰かが話しかけてきた。

「猗窩座さん」

パソコンの画面から顔を上げると、渦中の人がそこにいた。

「精が出るな」
「ありがとうございます。今日は調子良くて。……あの、私に何か御用ですか?」
「ああ、今少しいいか」
「?はい」

この会社に昼休みというものはない。いや名目上はある。
名目上はあるが、一般に想像されるようなランチタイムではない。だから皆そこはもう上手くやるしかない。他の部署なんか仕事やってるふりをしながら食べるとか完全に昼食抜きとか聞くが、部長が猗窩座さんであるうちはそこまででもない。外食は別部署にバレるから行けないが、ちゃんと食べる時間はある。
……やっぱり真面目に猗窩座さんが辞めたらこの部署全員退職するんじゃないだろうか。
話が逸れた。
要するに今は昼休みであり、私はそれ返上で仕事をしていた。定時で帰るためだ。仕方ない。寧ろ辞める理由が増えて感謝したいくらいだ。
猗窩座さんに連れられて来た喫煙室に人はいない。ここを使うのは部長クラス以上だ。私も初めて入ったしそもそも煙草は吸わない。

「煙草吸わないんですか?」
「辞めた。ここが一番人がいないだけだ」

確かに。
根本的に使う人が少ないから喫煙室と言う割には煙草臭くないし、猗窩座さんがここを使っているところも最近は見ていない気がする。
そんなに人に聞かれたくない話なのか。

「今日の夜空いているか」

空いてないです。
危うく口に出しそうになったが、なんとか飲み込んだ。
ここで彼に私の退職を気取られるのは良くない。さっきは慌てたが、たまたま私と彼の退職が被ってしまっただけなのだから、何も気にすることなく辞めて欲しい。
ただ要件を言う前に空いてるかどうか聞いてくるのは卑怯だと思う。

「要件によっては空けます」
「お前いつもより図太くないか?」

辞める会社の人にどう思われようと関係ないやい。今日一日でその境地まで達した。冨岡セラピーやばい。癒しという言葉から正反対にいる人程いざハマったらやばいと知った。
そんな私を見て猗窩座さんは呆れたような喜ばしいような、そんな感じで笑った。

「……大事な話だ。付き合え」
「会社ではできない話ですか?」
「あまりしたくはないな」
「……?」

本当に何の話だ。
全く予想がつかない。猗窩座さんが私に内密の話ってなんだ。だがこれは情報収集のチャンスかもしれない。猗窩座さんの退職の時期や事情が詳しくわかれば私も交渉できるかも。
受けるか受けないか決めかねていたら、喫煙室のガラス扉が開き、猗窩座さんの雰囲気が目に見えて悪くなった。

「おやおや。逢引のお誘いかな?猗窩座殿も隅に置けぬなあ!」
「……離れていただけますか、童磨さん」

入ってきて早々に私の肩を抱き寄せ猗窩座さんに軽口を叩く。セクハラで訴えられないかなこれ。
そのまま抱き寄せられて頭の上に顎を乗っけられた。身長差が憎い。イケメンにここまでされて寒気しかしないのも凄いなと思うが、猗窩座さんの部下でこの男のことを好いている人間はおそらくいないだろう。猗窩座さんとこの男は犬猿というのも生温い程険悪な仲だ。
この男は私たちとはまた別部署の部長である。そして私の元上司。私はこの男の部署から逃げるように移動願いを出した。彼の部署は彼以外全員女で構成されている。理由は簡単。男は彼からの人間以下の物扱い、パワハラに耐えられないからだ。そして女は女でほぼ宗教に近い形で洗脳される。あの部署はやばい。全員がおかしくなるから中からは気付けないが、今になって改めて外から見ると、教祖と信者の異様な空気に圧倒される。
あそこでは童磨に逆らう人間は息ができない。新人時代、童磨の愚痴を言っていた同期の友がやがて彼を庇い始めた時の衝撃たるや。生存の為の適応なのだろうと納得し、逃げることを私は決意した。ここで退職しておけば良かったのに、何故移動願いで済ませてしまったのか。
そういえば彼女は今どうしているのだろうか。連絡しても既読スルーされてしまうようになり、友情は途切れてしまった。退職できたのかまだ信者をやっているのかすらわからない。会社内でも部署が違えば会うことも殆ど無い。ただ、私は目をつけられるのが同期の女でも最後だったから移動願いを出すのが間に合い、逃げられた。
それにしても相変わらず蛇のような男だ。
後ろから回された手が鎖骨から首もとへと登ってくる。服越しに触られたところから鳥肌が立ち冷や汗が滲む。首筋に毒蛇の牙が立てられている。直観的にそう感じた。活殺を自在に掌で弄ぶような、この男がずっと前から嫌いだった。

「しかしまあ美小代君も目の付け所が良い。確かに猗窩座殿ならこの会社を辞めたとしても将来有望だろう。ああでも済まない。猗窩座殿は婿入して奥方の寂れた道場を継ぐんだったか。それでは今と同じ生活は見込めないなあ。美小代君も少し遅かったね。今更焦って不倫なんて泥沼にハマるだけで何の得もない。傍から見ている分には面白いから嫌いじゃないけれど、俺は同僚には優しいから止めておくよう忠告するぜ」

どうやってこの男を殺したら足がつかないだろうか。
この会社で一番殺意が湧くのは勿論社長だが、朝一の朝礼でしか会わない社長よりも、殺意を抱かせる頻度はこの男の方が多い。
大学時代は中高時代と違って完全犯罪の方法なんて滅多に考えなくなっていたのに、これでは逆戻りだ。冨岡先生にも会わせる顔がない。
だがしかしそれでも首を掻っ切りたいと思わせる人間もこの世にはいる。

「おい」

猗窩座さんが童磨の頭をガシッと片手で鷲掴みにした。袖を捲りあげて見える腕から血管が浮き出ている。その隙を突いて私は童磨から慌てて離れた。
童磨の全方位への煽りは猗窩座さんの逆鱗にも触れたらしい。ビキビキと青筋を立てながら拳を握っている。これはやばい。このまま童磨の頭を壁に叩きつけそうな勢いだ。
なんでこの状況で童磨はけらけら貼り付けた様な笑みを浮かべていられるんだ。

「あ、猗窩座さ」
「なぜ貴様がそこまで知っている」

駄目だ私の声届いてない。
しかしこれは良くない。私達は共にこの会社を円満退職したいのだ。暴力で懲戒処分なんて絶対にごめんだ。退職金が出るやり方で辞めたい。あと未払いのサービス残業代。これは絶対請求したい。どこまで取れるかはわからないけど一円でも良いから多く取っておきたい。

「猗窩座さん、そこまでで」
「お前は今俺の妻と部下の両方を侮辱した」

私この人に一生ついていくわ。

って違う違う。付いて行ってどうする。感動してる場合じゃないし、私は辞めるんだよこの会社を。そもそも猗窩座さんは逆寿退社なんだぞ。私はいらない。
現実逃避を始めた思考を元に戻して、とりあえず打開策を練る。
このまま放置して童磨がボコられるところも見たいけれども、この会社のことだ、私も責任取らされる可能性がある。

「猗窩座さんまじでストッ、プ……」
「勤務時間中に何をしていらっしゃるのですか」
「な、鳴女さん……!」

カツカツとヒールを鳴らして喫煙室に入ってきたのは社長秘書の鳴女さんだ。
めんどくさいことになった。
本当に面倒くさいことになった。
彼女は顔の上半分を前髪で隠し口数も少ないが、その分切れ味のいい言動を投げつけてくる。
いやしかし助かったのかもしれない。これでなんとか収まる目処が立った。

「その声は鳴女君かい?これはお見苦しいところを。いや少し猗窩座殿に御結婚の前祝を伝えていただけだよ」

猗窩座さんに顔面を掴まれていて見えないらしい童磨の言葉に猗窩座さんの拳がまたミシミシと音を立てる。本音を言えばそのまま潰れて欲しいのだがそうもいかない。

「貴様よくもぬけぬけと」
「そ、そうです!本当です!多少個性的ではありましたが!!」
「……」

忸怩たる思いで童磨に同意する。
猗窩座さんお願いだ乗ってくれ。ここで問題を起こしたらそれこそ退職が遠のきます。特に猗窩座さんは会社から引き止められるほどの人なんですから。この会社の性格の悪さを知っているでしょう!?
鬼気迫る表情で念を送った。
猗窩座さんはわかってくれたのか、苦虫を潰したような顔で腕をはなした。
流石だ。冨岡先生だったら伝わらなかった。

「園城さん」
「ハイ?」

鳴女さんが猗窩座さん達から私の方へ振り向き角形茶封筒を差し出した。
え、なんで社長秘書が平社員の私の名前知ってるの。この会社名札無いよ。

「おめでとうございます」

ゾッとした。
今までの悠長な思考が全て吹き飛び、全身に嫌な予感が走った。
この会社の、それも社長に近い人に祝われることほど不吉なことはない。

「何の、ことでしょうか?」

手に汗をかきながら封筒を受け取った。緊張と悪寒で声が震えた。

「本日は貴女に用があって参りました」
「え、俺に会いに来たんじゃないのかい?」
「違います」
「童磨さんちょっと黙ってください」

今童磨に構っている余裕が無い。
嫌な予感しかしない。封筒に死刑宣告書でも入っているかのような緊張感。

「随分と仕事が早いな。鳴女」
「恐縮です」
「……」

鳴女さんそれ多分嫌味とか突っ込むこともできなかった。
不快そうに舌打ちする猗窩座さんを尻目に私は封筒を開いた。

「拝見します」

それは、季節外れの人事異動だった。部署間ではなく昇進の知らせ。
部長就任、おめでとうございます。
鳴女さんの声がもう一度響いた。

私が猗窩座さんの後任に、任命された。






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