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シッソウする世界

※捏造過多



私の青春はクラスメイトよりも、部活仲間よりも、誰よりも冨岡先生と共にあった。

中高一貫で、私が中一のとき、最初の担任が冨岡先生だった。
ただ私は入学式から最初の一週間という学生生活において最重要期間を季節外れの風邪で休む羽目になった。
当時の冨岡先生はまだ二年目でPTAからも今ほど目をつけられてなかった。それでも風紀委員会はやばいという噂はあって、私は白羽の矢が立つには絶好の存在だった。
風紀委員になったのは別に良かった。私は校則違反は何一つしてなかったし、最初に言われた早起きだって苦じゃなかった。当時はあの学校が問題児の巣窟だと知らなかったこともある。
問題は部活の顧問も冨岡先生だったことだ。
これは本当に知らなかったんだ。私は元々身体を動かすことが好きで、体育系の部活に入ろうと思っていた。当時の私は冨岡先生が体育教師ってことすら知らなかった。自己紹介期間を休んだことをあれほど悔やんだ時はない。何故かって、会って僅かな時間しか経ってなくとも、私は冨岡先生が苦手だったからだ。



で、中学一年生から干支一回り分時が流れた今、私は冨岡先生の運転する車の助手席に座っている。

「えっと、そこ、右ですね」
「ああ」

カーナビとスマホの地図アプリを照らし合わせながら自宅までの道をおずおずと示す。
僅かな揺れと共に車体の方向が指差した方へ変わる。運転上手いな、と素直に感嘆した。ギリギリ二車線分あるかないかといった幅の住宅街の道なのだが、冨岡先生は苦も無くハンドルを切る。
なんでこうなったのか。話は数十分前に遡る。
私がみっともなく号泣しながら疾走していたところを冨岡先生に捕まった。強く手を握られていたから振り払うこともできずに、彼の家まで連れて来させられた。終電も無くなった深夜に女一人で歩かせられるか、という以前に、私は今いる場所がどこなのかも知らなかったのだ。そこを指摘されて初めて、私が冨岡先生に連れられて終電を名前しか知らない駅で降りたのを思い出した。それで仕方なく冨岡先生の家まで連れてこられて、車に乗せられた。冨岡先生車なんて持ってたのかと驚いたら叩かれた。
余談だが、あの食堂は冨岡先生の家の近くで、先生はよく行くらしい。

「……」
「……」

直線の幹線道路に入り二人とも沈黙。話すこともなくなり、車内に気まずい雰囲気が流れる。
冨岡先生が寡黙なのはいつものことだ。だから昔は私がその分話した。でも今は何を話せば良いのかわからない。見苦しいところを見せたばかりだったし、わざわざ追いかけさせてしまった。
冨岡先生の顔色を伺っても全くわかりやしない。どういう感情の顔これ。喜怒哀楽のうちの楽では無いとは思うけれども。

「住所」
「え!?」
「変わってないのか」
「……?ああ、そうですね。引っ越しとかする余裕なかったですし」

冨岡先生から喋ったという衝撃で、一瞬なんのことかわからなかった。冨岡先生が指で指し示したカーナビ。そこに打ち込んだ住所は確かに中学に提出したものと同じだ。
そういえば中学の頃は家庭訪問があったし、高校生の頃、大人になったら引っ越して大きい家に住むんだとか宣言したような記憶がある。全くもって恥ずかしい。大学生は金が無く、就職して社会の洗礼を受けているうちに消え去った甘い考えだ。

「よく覚えてますね」
「……担任だったからな」
「なんで六年も同じ人になりますかね」
「知らん。俺の裁量じゃない」

ぶっきらぼうに言う冨岡先生の口調が学生時代と変わってなくて、もはや懐かしさすら感じて、久し振りに笑った。頬が引きつって、上手な笑顔は作れなかったけど、緊張が解れて思考にも余裕が出てきた。
冨岡先生は表情わかりにくいし殴る用の竹刀なんて持ってるし無愛想で言葉のチョイスがあれだし厳しいしで当時から嫌われていたけど、私にとっては良い教師だった。
ちゃんと優しいところもある人だって知ってたから、六年間この人と一緒でも周囲から言われるほど辛くはなかった。

「園城?」

冨岡先生の声でハッと顔を上げた。
過去を振り返っているうちに、眠りの一歩手前まで行っていた。信号は赤信号で、冨岡先生と目が合った。

「すっ、すみません!」
「寝てて良い」
「でも」
「疲れているんだろう」
「わっ」

布っぽいものが頭から投げかけられて目の前が真っ暗になった。なんだなんだと掛けられたものを取り払う。

「必要なかったら後ろに置いておけばいい」
「いえ、……ありがとうございます」

薄暗い車内で触感と目を凝らして見てみると、それが冨岡先生のジャケットだとわかった。
この人の、こういうところが好きだった。
普段は鬼みたいに厳しいのに、優しさの使い所がわかってる。だから六年間も私は理不尽に決められた風紀委員を辞めることなく務められた。
まだほんの少しだけ体温の残っているそれを胸に抱き寄せて瞳を閉じる。
人の温もりを感じることの少ない人生だった。
だからこそ、一度手が届いてしまったら逃がさないと抱きしめて、ほんの少しでも手を掠めたのなら、消えないでくれとしがみつく。それが愛というものなのではないかと、大学生の頃に考えたことがある。何の授業だったかは忘れたけど。

「冨岡先生」
「なんだ」

信号が青に変わる。
走り出す世界にもう少しだけゆっくり進んでて欲しいと願った。
もう少しだけ、このまま、彼の横で。

「少し、休みますね」
「……」

冨岡先生は何も言わなかったけど、ダメな時はダメだと言う、はず。その沈黙に甘えてシートにもたれた。目を閉じれば今すぐに眠れそうだった。
身体から力が抜けて、ゆっくりと深呼吸ができた。一人で寝る家のベッドよりも寝心地は悪いはずなのに、ずっと安眠できそうだ。
今この瞬間は、神様がくれた束の間の休息というものなのだろうか。だとしたら何と残酷なことだろう。終わった瞬間に、また、私は現実に戻らなければならない。
車窓から見える世界が滲む。どうして家に帰らなければいけないのだろう。
帰りたくない。
ずっと冨岡先生の側にいたい。
叶わない我儘だとわかっている。そして冨岡先生はそれを許してくれるほど甘い人ではない。
まるで中高時代をもう一度追体験したような夜だった。
遥か彼方へ行ってしまった、もう戻れない遠い過去。

「冨岡先生」
「……寝るなら早くしろ」
「ありがとうございます。助けてくれて」

これ以上は望めない。わかってる。
ここから先は私一人で頑張らなければならない。
私はもう卒業したのだから。
せっかく彼に拾って貰えた命なのだから。

「……休め」
「はい」

大丈夫、頑張れる。
今日、会えたのが冨岡先生で良かった。他の人だったら私はただひたすら逃げ回っていただろう。強引に引っ張るし余計な一言もあるけど、絶対見捨てくれない人だから。

だからもう一度、生きてみようと思えた。

そして私は瞼を下ろした。


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