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Misty Memory

12月17日



生徒会で寮の余っている部屋を準備室や更衣室として利用しようという案が出た。
今私達はククリを先頭に何人かで荷物を抱えながらその部屋に向かっている。
その手伝いを三科君にお願いして、どさくさに紛れて恋愛イベントでも起きないかなーとニヤニヤしていたけど他の男子が2、3人いるこの状況だと難しそうだ。

『恋愛って学生時代に絶対経験しておくべきだよねえ。という訳でどう?僕とか』

残念だ、そう思うと一緒に誰かの声が頭のどこかで聞こえた。誰の声なのかはやっぱり解らなかった。私はその声になんて答えたのか。何時の事か、最近か、それともずっと前の事なのか、実際にしたやり取りなのかさえ解らなかった。
ここ数日、似たようなことが起こる様になった。日常の、ふとした時に聞える幻聴や白昼夢。
時間が経つにつれて回数は減り間隔も少なくなっていったが、それでもまだ聞こえるのだ。
幻聴の声や白昼夢で見る姿はいつも同じだった。
霧がかかった様にぼんやりとした声で何を言ってるかなんて解らないことだってあったし、顔だって見えた事は無い。特に日常生活には支障は無かったし、どうしてだか解らないけど気持ち悪いとか、そういう不快感も生まれなかったから、もし酷くなったら大例祭の準備と本番が終わったその後で病院に行けばいい。そう思って私は特に誰に相談もせずに作業に追われていた。

「千晴?そっちは方向違うよ?」
「うわっ」

考え事に集中していると、眼前のことですら見えなくなってしまう。
突然目の前に現れたククリの顔に驚いて私は抱えていた荷物を落としてしまった。

「うわわわわ、ゴメン千晴、大丈夫?足とか怪我してない?」
「う、うん。私は。それよりも中身!」

荷物の中には瓶とか絵皿とかの割れ物も入っていた筈。私とククリ、他の男子も慌てて中を覗き込む。見た感じでは中身は移動させる為の片付けの時に詰め込んだチラシや新聞紙のおかげで大丈夫だった。

「うん多分中身は大丈夫。ごめんねククリ、ボーッとしちゃってた」
「ホントだよもう」

私の言葉にククリは可愛らしく頬を膨らまして言う。でも次には心配そうな顔をさせてしまった。

「少し休んだ方が良いんじゃない?千晴、サボリ魔だった癖に最近ずっと働いてるじゃん」
「……ヘーキだよ」

少し崩れた中身の整理をして持ち上げる。
サボリ魔だった分、反省してその分働こうと思っただけだ。

(そう言えば、私は仕事を放ったらかして、何処に遊びに行ってたんだろう)

「千晴?本当のホントのホンッッットーに大丈夫?保健室行く?」
「大丈夫だよククリ。最近ちょっと幻聴が聞こえるだけ」
「全然大丈夫じゃないよ!」
「佐野、それガチでヤバいヤツだ」

場を和ます為の冗談だったのだが、余計に心配されてしまった。周りの男子からもすぐに休む様に言われてしまい、せめてこの荷物運びだけはと私は押し切った。

「終わったら絶対休むんだよ?絶対だよ?保健室まで送ってくからね?」
「はーい分かったよ」

苦笑しながら言うと、ククリは本当に分かってるの、と口を尖らせた。
心配してくれるのは有り難いし嬉しいから苦笑してしまった。
もう少し行くと、女子寮へ続く道と男子寮への分かれ道に出た。
いつもは左へ行く道を今回は右に行く。
何故だろうか。
私はここを通った事がある。
初めて通る筈のこの道に、私はどうしてこうも懐かしさを感じるんだ。
女子の私は、男子寮になんて近づいたことも無い筈なのに。

「千晴、何か悩みでもあるの?」
「……何でも無いよ」
「本当に?」

きっともうククリは気付いてる。私が悩んでいる事に。

「……うん」

でも私は何も言えなかった。わからない事が多過ぎた。脳みその中に広がる放置できない霧の塊を表現する言葉を私は持っていなかったんだ。心配してくれてる人に上手く頼れない自分の情けなさが辛かった。

「そっか」
「ごめんね」
「いーよ。いつでも聞くからね。友達だもん」
「ありがとう」
「どーいたしまして」

だから、なにも聞かないでくれるククリは、凄く優しかった。







目的の部屋に着いた。
実際に来てみると、部屋は不思議な位に生活感に溢れていた。
炊飯器や隅に皺なく畳まれた布団と枕。少し物色してみると、きちんと片付いていながらも台所にはつい最近に使った様な形跡、加えてクローゼットにいたっては服まで入っていた。

(……?)

ここに来て更に強くなるデジャヴュに首を傾げつつも、それは皆同じ様だった。

「うん、とりあえず、部屋としては問題無さそうだから、一旦戻って本格的に荷物搬入ね。男子、頑張って貰うよー?」

ククリの号令で皆部屋から出て行く。
鍵は私が持っていたから、誰もいなくなった部屋を確認してから鍵を閉める。

『行ってらっしゃい』

今度は複数の声が重なって聞こえた。
戸惑った。
突然の変化に対してわからないはちょっとの驚きと怖さと、いっぱいの暖かさを感じていた。
そんな自分が一番わからない。
白昼夢の正体も、自分自身さえも。

(助けてよ)

「千晴」

ククリがドアノブを掴んだままの手を握っていた。
現実に引き戻してくれて助かったけれど、私はククリじゃない誰かを期待していた。

「早く行こ?皆待ってるよ」
「あ………私、」
「行こ?」
「……うん」

ククリは私の手を取って早足で歩き出す。
後ろから見るククリの背中は、少しだけ震えてる様な気がした。



あの部屋があった階から階段を降りる頃には、ククリは普段通りになっていた。行きに持っていた荷物は部屋に置いてきたから気分とは裏腹に腕は楽だった。

「ねー千晴、新聞部と生徒会の合同企画ってどうなったっけ?」
「え、ええと。この前私がちゃんと写真貰って来たよ。ククリ凄く写真写り良かったよ」
「おっ?嬉しい事言ってくれますなー。千晴もちゃーんと、可愛く撮れてますよーに!」
「止めてよ大袈裟な」
「イヤイヤ、そんなこと無いよー。女の子は皆可愛いんだからさ、ほら自信持って!」
「え、えー……?」

ククリが変だ。
あの部屋に行ってからだ。
もしかしたら、ククリは何か知っているのかもしれない。
そう思った私はククリに話を切り出してみた。

「ねえククリ、……あの部屋、何か変だったね」

多分、あの部屋に行った人は皆、何か違和感を感じていると思う。だからその共通認識から突いてみた。これなら話の流れとして変じゃない筈。
ククリがピタリと動きを止めた。

「……そう?フツーの部屋だったと思うけど」

一瞬間を置いて出る答。
彼女とそれなりの付き合いである私はそれが嘘だと勘付いてしまう。
ククリが嘘を吐くなんて滅多にない。だから多分この嘘は私の為のものなんだろう。
でも不快感こそないとはいえ、得体の知れない幻と長い付き合いになるのは御免だ。ククリが教えてくれないなら自分で確かめるしかない。

「……ククリ、ゴメン。私、もう一回あの部屋見てくる。忘れ物しちゃったっぽいから」
「もう、千晴はおっちょこちょいだねえ」
「ごめん。ちょっと行ってくるよ」

先に階段を降りようとするククリを尻目に私は反対方向に上ろうとした。

「……ククリ?」

くい、と制服の裾を引っ張られた。

「……あれ?どうしたんだろ、私」

どうやらククリも自分の行動がよく分かっていない様子だった。
しん、と時が止まった様に静まり返る廊下の静寂をククリ自身の声が破る。

「あ、はは。ゴメン、おかしいね。なんか、千晴が、消えちゃう様な感じがして」

ククリの笑い声にはいつもの元気は無かった。私の右袖を掴む手も震えている。

「大丈夫だよククリ。ちょっと部屋を確認してくるだけだから」

だからか、私の声も震えてしまった。
ククリの不安が移ってしまったのだろうか。
安心させようとしたのに笑おうとした筈の口角も引き攣っているのが分かった。
耐えられなくて私はもうこの場にいたくなかった。
妙な不安に、真綿に首を絞められている様な、酸素ボンベだけが命綱の深海にいる様な、息のしづらい階段。
あの部屋に行ってはいけない。きっとこのまま何も見なかったことに、感じなかったことにしてククリ達と一緒に行った方が良いのだろう。本能か、直感か。そこまで分かっていても私はその気にはなれなかった。私の何かがそれでも行けと叫んでいる。

「ククリ、大丈夫。すぐ追いつくから待ってて?」

右裾のククリの手を取ってしっかりと握りしめた。温かい手だった。柔らかい女の子の手だ。変態一歩手前のことを考えながら、行こう、と決心する。
理屈とか感情とかそういうのは考えるのは止めた。したいことをしよう。するべきだと思ったことをしよう。
どれが正しいかなんて分かりやしないのなら、せめて後悔だけはしない選択をしようと思った。

「千晴、気をつけてね」
「大丈夫。行ってきます!」

大丈夫。
私は今日何回この言葉を口にしただろう。
あまりこれ以上ククリに心配をかけるわけにはいかない。
階段を走って上り切り、目的の部屋の前まで到着した。
肩で息をし、日頃の運動不足を呪いながらドアノブに手を掛けると、それが壊され外れかけている事に気が付いた。
最後にこの部屋に鍵を閉めたのは私だ。そして上部のこの部屋まで来る廊下や階段で私は誰とも擦れ違ってない。
冷や汗が全身から噴き出す。
同じ部屋の筈なのに全く違う部屋に感じた。
ドアを隔てた内側から漏れ出る威圧感。
この時点で恐れをなして逃げれば良かったのだ。
部屋に誰か、よくない人がいる。
私はそれに恐怖ではなく、拒絶感を感じてしまった。
鍵の壊れたドアはブレーキにはならず、私は部屋に入ってしまった。

「お前、早く逃げた方がいーぜ?」

その中にいたのは黒電話を抱えた狐の面の男子生徒。
彼は私に目を向けても特に動じた様子も見せず、部屋に入ってきた羽虫を見た様な口調で言って見せる。
ここにいて当然。そんな佇まいの彼に酷く腸の煮えくり返った私は食って掛かってしまった。

「アンタだれよ、ここから」

出て行って。
その言葉は紡ぐことが出来なかった。
部屋を赤い光が包み込み次の瞬間には、静寂、鼓膜の破れる様な轟音、そして全身を焦がす灼熱の風。
踏ん張りきれずにおそらく今いた筈の場所から玄関の方向へと吹き飛ばされ、ドアを巻き込んで壁に叩きつけられた。
私が認識できたのは赤い光と熱と、ほんの少しの間をおいてからの背中への激痛。そして薄れる意識の中での声。

『あーあ。だから言ったのによー』
『まいーや。ボロッちくなっちまったけど、せっかくだから使わせてもらうぜ』
『お前の体、もーらった!』




  

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