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True Memory








12月の寒い冬の日の話だ。
まだ僕が全てを忘れていた頃。まだ僕がただの葦中学園の一般生徒だった頃の、無駄に長かった人生の、ほんの一部分の時間の話だ。
その短い時間の中に、あの日は確かに存在した。



*



にゃあ、と猫がないた。


「なんで自分の誕生日の用意を自分でしなきゃいけないのかなー?」
「まあまあ、そう膨れないで。皆、大礼祭の用意で忙しいんだから」
「それだったら無理してやらなくても良いよ。もう私達高2だよ?誕生日会なんて打ち上げとセットで良いのに」
「それはダメだよ!」
「そ、そう?」

僕が凄い勢いで否定したからか千晴は若干引き気味になった。

「だってそうしたら君はプレゼントと称して打ち上げのお菓子を全部持って行っちゃうじゃないか!」
「普段君が私をどんな目で見ているか良ーく分かった。歯ぁ食いしばれ」
「ごめんなさい」

そんな下らない話をしながら、僕は千晴と学園島へ続く橋の上を歩いていた。彼女はお菓子や飾り付けの小物を持っていて、僕は重い飲み物を持ちながらそんな彼女を追いかけていた。
雨上がりだからか水の近くだからか、冬にしてはやけに風が湿っていたのを覚えている。橋の上の風は気持ち良くて好きだけど、この日ばかりは少し息が苦しかった。
でも不快ではなかった。

「大体、シロがタンマツを持ってないっていうからこんなところ歩いてるんだよ?そこんとこをもう少しねえ」
「それはゴメンってば!でも僕がいなかったらこの大荷物は君一人で持ったんだよ?暇なの僕だけだったんだから」
「その暇人さんが、この買い出しが大礼祭のだけじゃないって「ついうっかり」ばらしたんだけどねー」
「…………」
「あーあ、せっかくククリ達がサプライズで計画してくれてたのにねー」
「……てへぺろ」
「殴っていい?」
「ごめんなさい」

いつも通りの会話だった。僕がちょっとふざけて千晴がちょっと怒る。付かず離れず、そんな言葉が似合う関係で、そんな関係がちょっとだけ物足りなかった。

「ところでさ、誕生日プレゼントは何が良い?女の子(?)な君の好みが分からなくてさ」
「おめでとうの言葉だけで良いよ。シロのプレゼントって不安というか物凄く神経逆撫でされそう。ていうか今現在進行でムカついているんだけど」
「そんなので良いの?」
「名前も言ってくれると尚嬉しい」

その言葉で、僕は時間が止まった様な錯覚に陥ったんだ。

「……気づいてたんだ」
「ずっと君呼びだったから、そりゃあね」

立ちすくむ僕に彼女は振り向いて、「こういうのには鋭いんだ」と言いながら自嘲気味に笑った。
そんな顔をさせたかったんじゃなかったのに。
それまで僕は彼女のことを名前で呼んだ事がなかったんだ。
今考えると、もしかしたら深層意識の何処かでブレーキがかかっていたのかもしれない。彼女の名前を呼んでしまったら、僕はもう後戻り出来ない所へ行ってしまう気がしていた。
でもこの時は、それでも呼ばなきゃ一生後悔すると、そう思ったんだ。

「誕生日おめでとう……千晴」
「……ありがとう」

千晴はふいと背を見せた。でも耳まで赤くなっていて、直ぐに照れ隠しなんだとわかった。

「顔赤いよ?大丈夫?」
「うるさい見るな」
「言わない方が良かった?」
「それはっ……そんなこと無い、けど」
「そっか、良かった」

これでキモいとか言われたら一生のトラウマになりそうだった。

「〜っ、お礼に!……お礼にシロの誕生日も盛大に祝ってあげるから!!」

千晴は顔を真っ赤にして言った。

「え、でも……結構先だよ?」
「いつ?」

ここで僕は一瞬言葉に詰まった。
この時の僕は自分の誕生日なんて忘れていたから。
それでも何とか記憶を手繰り寄せて、ジメジメとした季節だった事は思い出せた。

「……梅雨……だった、かな?多分」
「多分て何」
「いや、雨の多い季節だったとは思うんだけどね」
「忘れないでよそんな大事な事」

推測だけど僕が誕生日の事を思い出せたのは後をつけていたネコが能力で記憶喪失に気づかない程度に蘇らせたからだと思う。
実際この時点では僕の記憶の歪さにはまだ気付かなかったし、気付く必要も無かった。
それでも気付いておけば良かったかもしれない。

「梅雨なら6月か……?半年も準備期間あるなら色々出来るね。ま、期待してて。できる限りで盛大にやったげる」
「本当に?忘れないでよ?」

奇しくも投げかけてしまった疑問。
この時の僕は全く疑ってなんかいなかったんだ。

「当たり前でしょ。大事な友達の誕生日だもん。祝うよ」

半年後も僕が千晴の側にいることを。

「千晴のそういうところって良いよね」

2回目はすんなりと言えた。あれだけ躊躇していたのに、1回言ったらもっともっと何回でも呼びたくなった。

「ありがと。じゃ、約束だから」

そう言った千晴の笑顔は今までで1番綺麗だった。

「うん、約束だよ。千晴」

それは、綺麗過ぎる約束だった。
したのを後悔する位には。





  

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