「先輩が仁王先輩と付き合ってるっていうのは、本当なんですか」 付き合ってすぐの話だ。 よく漫画やらドラマに出てくるような典型的なヤンキーっぽい女の子ではなく、華奢でお人形さんのように可愛らしい女の子にこうして雅治との関係を問い詰められる事の方が、遥かに多かった。雅治ファンはどちらかというと前者が多いイメージだったけども、休み時間や下校時間に私を捕まえてはこうして問い質す事については、圧倒的に後者が積極的だったのだ。大きな目に涙を浮かべて頬を真っ赤にする様は、暴力に訴えられるよりも俄然心に響いた。可愛い。私なんかよりも、断然。 この頃の雅治は告白は受けてくれたものの、恋愛感情というより興味故に私の隣にいるような感じだった。だから私は雅治に愛を囁かれる事もなく、どうして私じゃなくて貴方が、という主旨の恨み辛みを聞かされる毎日で、すっかり女としての自信を無くしていた。 「あ、仁王の彼女」 それに追い討ちをかけるように、女の子達に見つからないようにと屋上庭園で過ごしていた私に声をかけてきたのが、にっくき幸村だ。昔の私は幸村の事をかっこいいとか言って騒いでたもんだから、今思い出すとその頃の自分の両肩掴んで目を覚まさせてやりたくなる。 「…なんで幸村が此処に?」 「こっちの台詞」 「……私は、」 「まあ大方、仁王の事で責められるのが嫌で屋上に逃げてきたとか?」 少し刺のある言い方だった。私が言葉に詰まると、スコップと小さな植木鉢を抱えてしゃがみ込んで「仁王に話聞いた時は」と口を開く。 「もう少し、面白そうな子だと思ったのに。言い返しもせずに逃げて、そこで泣いてるんだ?」 「…悪いの」 「つまらないなって」 何も可笑しい事なんてないのに、幸村は笑った。それが酷く腹立たしくて、うるさい笑うなボケ、と言えば幸村は目を真ん丸にして、それからもっとおっきな声で笑い出す。もう最悪だ。 「俺にそれだけ言えるのに、どうして女子にはだんまりなわけ?」 「女子にこんな事言ったら泣いちゃうじゃん馬鹿、考えなよ」 「泣かされるくらいなら、泣かせばよくない?」 「女の子は泣かせちゃ駄目なんだよ」 お母さんに言われた。そう付け加えれば、幸村は吉田って変わってるね、と目を細めた。お前もな、と軽蔑の眼差しで幸村を見やれば、失礼だなと言いながらも奴の口端はつり上がったままだった。 「優花ちゃん、いじめられてるってホント?」 「……誰から聞いたの」 「幸村」 帰り道、不意に雅治が紡ぎ出した言葉に私は死ぬ程驚いた。あいつ、本当に最低な奴だな告げ口しやがって! 誰も、自分が相手のせいで苛められている事を打ち明けたがる人間なんて、いないだろう。私もその内の一人だったし、バレてはいけないとひた隠しにしてきたのに。 こういう核心をついた言い方をされては、私は嘘をつく事ができない性格だ。 「…苛められてるっていうか、うーんまあ、文句は言われたりするけど。大した事じゃないし」 「文句?」 「…雅治と私じゃ、つ、釣り合わないって」 駄目だ、泣かないって決めたのに涙出そうになる。すん、と鼻をすすって地面を見下ろせば、ぽたりとコンクリートに涙が染み込んだ。うわあ、情けない。 雅治はしばらく黙っていたかと思えば、不意に私の手を握り締めた。指がするりと絡まってようやく、ああ雅治と手を繋いでるんだ、って理解した。こうやって雅治と手を繋ぐのは、これが初めてだったのだ。 「優花ちゃん、見んしゃい」 「…?」 そう言って雅治は、秋服が飾られたショーウィンドウの前へと私を誘導する。ワンピ可愛いね、と言えば雅治はちがうちがう、と目を細めて笑った。 「俺と優花ちゃんが映っとるじゃろ」 「…ああ、うん」 「お似合いやと思わん?どこからどう見ても、仲良しカップルぜよ」 そう言われてショーウィンドウに映る雅治と私の姿を見つめるけど、どうも雅治の言葉に肯定を返せない。ショーウィンドウ越しに陰る私の表情を見て、雅治は困った顔をして私の顔を覗き込む。 「俺と付き合うんは、そんなに辛いかのう」 「私は楽しい。…幸せ」 「俺もじゃよ。釣り合わんなんて誰かが言った所で、俺と優花ちゃんが幸せならそれで良いと思わん?」 雅治が、私と付き合う事が楽しいって、幸せだって言ってくれる。こんな幸せな事はなかった。ショーウィンドウの前でしゃがみこめば、雅治は慌てて私と目線を合わせるようにして同じく腰をおろす。 「…雅治、好き…大好き……」 「…ん、俺も好き」 好き、ともう一度呟きながら握り締めた手の力をきゅっと強めれば、雅治は囁くように「お前さん可愛いのう」と笑った。こんなに可愛いなんて知らなかった、とも。 それから雅治は、登下校や休み時間の間はできるだけずっと、私の傍にいてくれるようになった。そのおかげでもう彼女達に声をかけられる事はなくなったし、嘘みたいに私の中の不安は消え去っていったのである。 「思ったより面白い奴だったみたいだね」 「思ったより最低な奴ですね幸村はね」 「相変わらずの減らず口」 「お前もな」 数日後、また屋上で幸村と出くわせば、幸村は私の顔を見るなりこんな事を言いやがったのである。ジョウロで花に水をあげる幸村を見つめながら、ありがと、と小さく呟けば、幸村は驚いたように私へと振り返った。 「結果的に幸村が雅治に言わなきゃ、多分私ずっと黙ってた」 「…そう」 「……なに、なに笑ってんの」 幸村は本当に変な奴だ。嫌な奴だし、意味分かんない。でもまあ今日くらいは感謝してやってもいいかな、なんて思いながら空を見上げる。水色の空を彩るようにぽつんぽつんと浮かぶ雲は、澄んだように真っ白だった。 |