さらば自堕落の日々よ(柳)


※BATHの境めえさんから10万HITをお祝いしてもらいました!
※下半身的な意味で最低な柳さん注意




「ごめんね、待った?」
「10分ほどな」
高いヒールで器用にバランスをとりながらも小走りに駆け寄るひなに、俺は手元の小説をぱたりと閉じた。
上気した頬は艶やかに色づいて、弾けそうなほどの若さをたたえている。
俺よりも7つも下の彼女がなぜ知り合いか。
簡潔に言えば、俺は彼女の塾の講師だったからだ。
高校生の彼女の苦手とする数学を担当していたのが俺で、苦手なんです、と眉を下げていたまだ幼さの残る彼女に俺は数学を基礎から教え込んだ。
元々頭の回転ははやく要領が悪いわけではない彼女は、こちらが教えた事を素直に吸収しそれを応用する事に長けていた。
そしていつの間にか、彼女の成績は両親が驚くほど伸びていたという訳だ。
本当にありがとう、先生!・・・そう言って弾けるような笑顔で96点と書かれたテストを見せにわざわざ俺を訪ねてきた制服姿の彼女を、今でも覚えている。
努力の甲斐あって第一志望の大学で充実したキャンパスライフを送っている彼女。
そんな元教え子がある日唐突に塾へと現れたのは数か月前だった。
「柳先生、いますか?」
控えめな声に顔をあげれば、そこにはすっかり「大学生」のひな。
「どうした?何かあったのか?」
春先に合格通知を握りしめ泣きながら笑っていた彼女が、なぜ今更俺に用があるのだろうか。
不思議に思いながら彼女に久しぶりだなと声をかければ、ひなは固い表情のままこう言った。
「今日、時間ありますか?」
・・・我ながら、迂闊だったなと思っている。
まさか己の性生活の乱れを、教え子に知られるとは思ってもみなかったからだ。
「私あの、見ちゃったんです。先生が、現代文の佐山先生と、・・・シてるの」
近場のコーヒーショップの奥の席。消え入りそうな声で下を向いて呟かれた内容に、俺は頭を殴られたような衝撃を受けた。
佐山、という塾講師のバイトをしていた当時大学2年生の女とは、割と長くそういった関係にあった。
付き合っていた訳ではないが、お互いにフリーだったし特に問題はないかと佐山の好意を受け付けていた。
「最初佐山先生と付き合ってるのかなって思ったの。でも、その次の日の夜に・・・先生は違う人と女の人とホテルに入っていったよね」
「・・・そこまで見られていたのか」
思わず洩れたつぶやきに、ひなはこくりと頷いた。
「最初本当に先生とは思わなかった。だって先生はそんな人だと思えなかったから」
そうだろうな、と俺は心の中で相槌をうつ。
見せるつもりはなかったのだ。俺は生徒の前では教師でありたかったし、今もその気持ちは持ち続けている。
しかし、今目の前にいる元教え子。彼女に知られてしまったからには、俺はもう講師と言う仮面をかぶる事はできないのかもしれない。
「で?お前は俺をどうするつもりだ?塾に言って、俺をやめさせるのか?」
紫煙をくゆらせながら、俺は意地の悪い声で彼女に尋ねる。
もう彼女にはバレているのだ。優しい講師の仮面を、かぶり続ける必要もないだろう。
煙草を口に運んだと同時に、彼女は顔をあげた。
「先生、私も・・・私も先生にシてほしい」

・・・それからひなと関係を持って、今日に至る。
俺を責めたければ責めればいい。誰に言うでもないが、俺もその時は思わず煙草を口から落としてあやうくスーツに焦げを作ってしまう所だった。それほど、動揺したのだ。
その後俺は何を言っているのかわかっているのか、という主旨の事を何度も目の前の元教え子に説いた。
しかし、ひなは。あの、俺の教える事を素直に吸収していたひなは、頑として自分の言った事を撤回しなかったのだった。
「先生の一番じゃなくていいよ。佐山先生とかと一緒でいい。でも私、先生がいい」
お願い先生、なんて必死な顔でテーブルの上においた俺の手を掴みながら言われてみろ。たまったものではない。
結局半ば自分の欲望と彼女に押し切られるようにして、俺とひなとはその日の夜に肉体関係をもった。
来見は、処女だった。
「今日は何が食べたい」
「麺類がいいかな・・・」
「じゃあイタリアンでいいか」
キラキラと輝く瞳でイタリアン!、と喜ぶ彼女に、思わず笑みが漏れる。
大学生になってはや1年。制服を脱いで一気に大人っぽくなった彼女は、やはり俺よりいくつも下なのだ、と認識する。
初めて彼女を抱いた時から、彼女はずっと恋人を作っていない。
「先生が気にすることじゃないよ?先生の恋人になろうなんて今更思ってないもん。ただ大学にかっこいいなって思う人がいないだけ」
以前俺が恋人を作ったらどうだと言った時、ひなが返した答えだ。
先生の事は大好きだよ、と教え子だった時のように俺に笑いかける彼女の身体を、知っているのは俺だけだった。
「ここでいいか?」
「ん、先生がいいならいいよ」
受付のパネルで部屋を選択して、俺とひなはブティックホテル特有の空気のなかを歩く。
チカチカと青く点滅する部屋のドアを開ける。
お風呂広い、と早速バスルームからはしゃいだ声が聞こえ、今日は随分機嫌がいいなと俺はテレビのリモコンでくだらないバラエティを選んだ。
どうどうと勢いよくバスタブにお湯が張られる音が壁越しにくぐもってきこえる。
「今日のイタリアン美味しかった。私あれすきだな、ニョッキ」
「ああ、あれは食べやすいからな。ワインもなかなかだった」
バスルームから戻ってきた彼女が、俺の横にポスンと腰かけた。
長い髪の毛が揺れる。
くりくりと大きな瞳がバラエティ番組を見つめている。
元教え子。その響きがもつ背徳感。
それはひなのもつ子供っぽさと大人っぽさの絶妙なバランスに、よく似ている気がした。
「先にシャワー浴びていい?先生」
「ああ。一緒に入らなくていいのか?」
だって恥ずかしいよ、そうはにかんで、彼女の姿はバスルームへと消えた。
ひなの不思議なところはこういう所だった。なんの億面もなく「先生とシたい」等と言うかと思えば、一緒に風呂に入るのは恥ずかしいという。
彼女の線引きはとても複雑だ。
ひなが入浴している間、暇を持て余しながら俺はテレビのチャンネルをコロコロと変える。
女の喘ぎ声が煩いチャンネルに合わせて、俺はそのまま先ほどしおりを挟んだままの本を開いた。
「・・・えっちぃの見てる」
「あがったか?」
呆れたように髪の毛を拭きながらこちらにやってくるひなに、俺は本を閉じて手招きをする。
バスローブに包まれた暖かな身体を膝のあいだに閉じ込め、俺はくしゃくしゃとバスタオルで長い黒髪を拭いてやった。
「?いつもとは香りが違うな」
「あ、うん。シャンプー変えたの」
「そうか」
立ちあがる花と果実の混ざったような匂いは、いつもより甘く、そして少し幼い気がした。
「俺もシャワーを浴びてくる」
「いってらっしゃい」
あらかた乾いた髪の毛から手を離し、俺はバスルームへと向かう。
ドライヤーを使う音が、俺のたてる水音にかすかに混じってきこえた。

「先生、髪の毛滴落ちてるよ」
「ああ・・・」
貸して、と持っていたタオルを奪われ、ベッドの上で膝立ちになった彼女にほぼ無理やり頭を書き混ぜられる。
「中腰がきついんだが・・・」
「もうちょっと我慢!」
くしゃくしゃと耳元で音をたてるタオル地に目を開ければ、濡れた髪の隙間からひなの顔が見える。
「?せんせ」
い、という声は俺の口に飲み込まれ、広いベッドに俺と彼女の倒れこむ音だけが響いた。








「送ってくれてありがとう」
「いや、かまわないさ」
コツンコツンと人気のないアスファルトにかすかに響くヒールの音の主は、にっこりと笑って礼を言った。
情事のあとに送り届けるのもいつもの事だ。
おやすみ、と挨拶をして、俺は帰路につこうとした。
「先生」
背中に投げかけられた声に、俺は振り向く。
彼女の黒い髪が、夜風にふかれてふわりと舞う。
「先生は、好きな人いないの」
「ああ・・・、そうだな」
「・・・そっか」
暗闇にとけた彼女の表情が、この距離からでは見えない。
しかし、この質問がくるということは、彼女は俺との関係に疲れてきているんだろう。
それでいいのかもしれない。
いつまでも俺の様な男に都合よく扱われているのは、彼女にとってよくないだろう。
都合よく扱っている自分を棚にあげて、俺は彼女の身を案じる。
「先生、今って私のほかに女の人と会ってる?」
「ん、今か?・・・今は、」
そうきかれて、俺は初めて気づいた。
俺は、ひなとこういう関係になってから、他の女とセックスをしていなかったのだ。
「今は、いないな」
「そっか」
そっけない返事を返す彼女の声には、喜びも悲しみも感じられなかった。
しかし、俺としてはそれどころではない。
この数カ月の間、ひなと食事をしてセックスをして、それを何度繰り返しただろうか。
その間にいくらでも他の女と関係を持つ事はできたはずだ。
しかし、それを俺はしなかった。こんな事は初めてだ。
「先生、私がいなくなったら寂しい?」
「・・・ああ、寂しいだろうな」
寂しいだろう。それは当たり前だ。当たり前?なぜそう思う。
「じゃあ先生」
「なんだ?」
「私が先生の事好きっていったら、嫌?」
ざ、と風が足もとをさらっていった。
ふわり、彼女の髪が舞う。街灯の明かりに一瞬見えたひなは、泣いていた。
俺の靴はアスファルトを蹴る。
腕の中に細い体を抱き込んで、俺はやっと気付いた己の胸の内をひなへとぶちまけた。
「嫌なんかじゃない、俺は、嬉しい。俺は、」
「先生、」
「お前が好きなんだ」
いつの間にかこの元教え子がこんなにも愛しくなっていたなんて。
シャンプーの匂いが違うことを、気づくほど好きになっていた、なんて。
「すまないひな、たった今気づいた。お前が好きだ」
「・・・っすき、先生、すき・・・!」
掠れた声で俺なんかを好きだと何度も呟くひなが愛おしい。こんな最低な男を好きになったお前が悪いと、俺は心の中で開き直ってそのつむじに口付けた。
俺の背中に暖かな腕がまわり、強く抱きしめられる。
負けないほど強く抱き込みながら、俺は俺の自堕落な性生活に幕をひいたのだった。



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境さんまじ天才。最低な柳くんが見たいよ〜!!ってワガママ言ってたらこんな素晴らしいお話を書いてもらえましたほんと境さん神様か天才か…(´;∀;`)萌え転げた
彼女のサイトであるBATHさんへはリンクからどうぞ!
境さんほんとありがとうございましたちゅっ!







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