※思春期っていいな
その日の天気予報は、一日中快晴だとか言ってたくせに、土砂降りの雨が降った。当然、俺は折り畳み傘なんて持ってるはずがなくて、タオルを頭にかけてひたすら雨道を走った。もう制服も靴もテニスバッグもぐっしょぐしょ。これ、かーちゃん嘆くだろうな。
もうすぐで家だというところで、俺はふと、シャッターの閉まった店の軒先で雨宿りをしている人影を見つけた。困ったように空を見つめるその顔が、俺の知っている人物だったものだから、思わず足を止める。向こうも、俺に気付いたようだった。
「切原くん」
「おー桃瀬じゃん。雨宿りか?」
「うん、傘ないんだ」
困っちゃうよね、と笑う桃瀬は、同じクラスの女だった。一回隣の席になった事もあるし、喋りやすい奴だから割と喋ったりする。
桃瀬は濡れたスカートを煩わしそうに指先で摘まんで、雨、やみそうにないねと呟いた。
「家、近いのか?」
「ううん。ここから15分くらい」
「15分か……」
結構遠いな、と言えば桃瀬はこくりと頷いた。その拍子につう、と髪から滴が汗のように垂れて頬を伝っていくのがなんだかえろく見えて、俺は思わず目を逸らした。何考えてんだ、俺。
「えーと、俺ん家くるか?」
この流れでこれを言うと変な感じもしたが、俺ん家近いし、このままじゃ風邪引くし、別に他意はない。桃瀬、なんか寒そうだし。
しかしやっぱり桃瀬は、えっ、と言ったきり固まってしまった。うん、そうだよな。男の家に来るか?って言われて行く行く!とか普通の女は言わないよな。しっかりしてる桃瀬なら尚更だ。
「でも…」
「俺ん家近いから。姉貴もいるだろうし、安心しろよ」
姉貴の存在を仄めかすと、桃瀬は安心したように「それじゃあ」と承諾した。やっぱり、家族がちゃんと家にいるアピールは効く。彼女なんていた事ないから今まで試した事なかったけど、柳先輩が言う事には間違いがない。
二人でしばらく走って、急いで玄関を開ける。廊下は真っ暗だった。あれ、姉貴まだなのかな。とりあえずバスタオルを出してきて桃瀬に渡して「風呂、廊下突き当たりな」と教えてやる。桃瀬はこくりと頷いてから、風呂場へと歩いていった。
そして案の定、姉貴はまだ帰ってなかった。これを桃瀬に正直に伝えたら不安がるのは目に見えていたので、黙っておく事にする。バスタオルで頭をわしゃわしゃと拭いて、制服を着替えた所で、俺はある重大な事に気がついた。桃瀬の着替えだ。
ここはあれか、漫画でよくあるダボダボのシャツ、ってやつか。いや駄目だ、姉貴いる設定なのになんで俺のシャツなんだよ。不審がるだろ。かと言って、姉貴のものを勝手に拝借すれば、痛い目に遭うのは分かりきっている我が家でのルールだ。そうと決まれば、桃瀬には悪いけど俺のシャツを着てもらうしかない。
タンスから適当なシャツを引っ張り出してきて、そろりと脱衣場に入る。風呂場からシャワーの音が聞こえて、桃瀬のシルエットが見えた。あんま見ないようにしよう、と目を伏せた所で、俺はとんでもないものを見ることになる。桃瀬のブラジャーである。姉貴とかあちゃんのブラジャーなんて腐る程見た事あるけど、同年代の女のブラジャーなんて、初めて見たのだ。俺は大変動揺して、その場にずてんと尻餅をつく事になる。シャワーの音が止まった。まじ俺、情けねぇ。
「き、切原くん……?」
「あ、き、着替え、おいとくな」
「あ……ありがと」
なんだこの会話。脱衣場から出て、すぐに俺は壁を背にずるずると座り込む。桃瀬が風呂からあがってくる音。衣擦れの音が聞こえて、しばらくすると「えっ」という声が聞こえた。
「ど、どうかしたか?」
「あっ!い、いたの!?」
「いや覗いてねーから!たまたまだかんな!」
必死に否定すると、分かってる!と返ってきた。良かった、変な勘違いされてなくて。気を取り直して何かあったか?と聞いてみれば、蚊の鳴くような声が返ってきた。悪いけど、聞こえねえ。
「なんて?」
「あの、下に、履くもの、借りてもいい……?」
馬鹿か。
俺は、馬鹿か。
なんでシャツだけ渡してんだよなんで下ねぇんだよ。それこそ下心ないとか言っても到底信じられねぇよマジで馬鹿か俺。幸村部長や丸井先輩によく馬鹿馬鹿言われてたけど、うん、今なら認めてもいいわ。マジ俺は馬鹿だ。
「ごめん!今すぐ持ってくる、」
「あ、えっ、切原くん!」
桃瀬の制止も聞かずに、俺はダッシュで二階に駆け上がった。うわああああマジねーよ!気まずい!気まずすぎる!ジャージを引っ付かんですぐに下に駆け下りて、脱衣場に放り込む。桃瀬が、わあっとか叫ぶのが聞こえた。
「あの、ありがとね」
ジャージを履いたらしい桃瀬は、そっと脱衣場から出てきた。大きめのシャツの袖からは指先しか出てない上に、ジャージは長すぎたのか何重にも裾を折っていた。髪の毛はしっとりと濡れていて、頬は湯上がりだからか真っ赤になっていた。
どうしよう、こいつ死ぬほど可愛い。
「あの、ごめんね?」
「いや、いいって。あ、ドライヤー…」
この変な空気をどうにかしようと口を開いた瞬間、外で雷が落ちるような音が響いた。絶対近くに落ちたな、なんて冷静な分析をする暇もなく、桃瀬が抱き着いて、えっ、抱き着い、て……?
ぎぎぎ、と機械的に首を下に向ければ、震える桃瀬のシャツ、の隙間から小さな膨らみが見えた。体を縮こまらせてるから、胸が余計強調されて、見える。やべぇ、なにこれどうしろってんだよ、胸、当たって、しかもなんでこいつブラジャーしてねぇの、あっ濡れてるからか、
俺の手はこいつの頭を撫でるべきなのか、肩掴んで壁に押し付けるべきなのか、はたまた?こういう時、どうするべきなんスか教えてください先輩達!
良 心 の 溺 死