「君、可愛いね」「可愛い顔が台無しだよ?」の続き





その後も幸村くんはすごく優しくて、本当に夢のような時間だった。女の子達は幸村くんが通り過ぎる度に振り返ったり、ざわめきたったり、私なんかが幸村くんの隣を歩いてて良いのかなぁ、って何度も考えた。幸村くんは難しい顔をしてる私の顔を覗き込んで、何考えてるの、と微笑んでくれる。

「ううん、別に何でもないの」
「そう?じゃあ、俺の事だけ考えてて」

どうしてこんな素敵な台詞が、次から次へとポンポン浮かぶのだろう。そろそろ映画始まるからいこっか、と腕時計を見やる幸村くんをじいと見つめながら、もしかすると今、私は世界で一番幸せな女の子じゃないのかな、なんて思ったりも、した。





「で、どうだった?」
「どうやったん、詳しく教えてや」

翌日、朝練中に向日くんと忍足くんに絡まれ、私は持っていたタオルを二人に投げ付けながら「なんで君達に教えなきゃならないの」と眉をひそめる。

「俺らのお陰でデートできたんだろ」
「お陰じゃなくてお節介っていうの!」
「なんでもええから詳細!」

忍足くんに腕を掴まれて仕方なく、特にないけど、と頭に付けてから順を追って話していく。幸村くんがすごく優しくて王子様みたいだったこと、お話ししてるとなんかふわふわ浮いた心地になってしまうこと、全部。あとCMでやってるあの映画は想像以上の面白さということも。
全て話し終えても、二人はまだ私をじいと見つめている。そろそろボール磨きに移りたいんだけども。

「……そんだけ?」
「それだけ」
「もっと!ないん!次いつ逢うとか!」
「忍足くんうるさい!…そんな事言われても、幸村くんも私も部活があるし」

遊びに行った日の夜も、幸村くんは律義にメールをくれた。また逢いたいね、って言ってくれたけど、お互い忙しいから次はいつになるかも分からない。

「えっ、じゃあしばらく電話とメールだけ?」
「いや、電話番号は交換してないよ」

絶望的や…と呟く忍足くんは、私よりも残念そうな顔をして項垂れてしまった。別に私は、皆が言うみたいに幸村くんと付き合いたいだなんて願望は、特にない。…ない、と言えば嘘になるかもしれないけども、私と幸村くんが付き合うだなんて想像もつかないのだ。私よりももっと、幸村くんに相応しい人がいる。卑屈になっているわけではなく、純粋に、そう思うのだ。








「桃瀬さん!」

しばらく逢う事はないと思ってたから、おばあちゃんの家に行く途中、駅で幸村くんに声をかけられた時は本当に驚いた。ジャージ姿でテニスバッグをしょっている所を見ると、練習試合か何かの帰りなのだろうか。幸村くんの友達も遠くの方に見える。

「偶然だね」
「うん、桃瀬さんの姿が見えて、思わず走って来ちゃったよ。…今から時間あるかな?」
「ええと、少しなら」

携帯で時間を確認してからそう言うと、幸村くんは本当に嬉しそうに微笑んだ。どこかカフェにでも入ろうか、と私の手を引く幸村くんに慌てて、お友達はいいの?と尋ねれば、あいつらは皆、分かってるから。と笑う。振り返れば、彼らは此方に向かって手を振っていた。幸村くんがそれに応えるように、小さく手を振り返す。

それから駅前のカフェに入って、二人でいろいろ話をした。幸村くんは相変わらず話すのが上手で、それから聞くのも上手だ。私が言葉に詰まってしまっても、優しく笑って「ゆっくりでいいよ」と目を細めてくれる。
その声があまりにも優しいものだから、つられて私も笑顔になれば幸村くんがふと、紅茶を飲む手を止めた。それを不思議そうに見つめる私に「そろそろ時間かな?」と幸村くんが言うものだから携帯を引っ張り出せば、ちょうど良い時間だった。今から電車に乗れば、ちょうどおばあちゃんの家の晩御飯の時間くらいには、間に合うだろう。

「ごめんね、そうみたい。行かなきゃ」
「じゃあ、駅まで一緒に」

席を立ち、再び二人で駅まで戻る間、幸村くんは一度も此方を見なかった。というよりも、何か考え事をしているようで邪魔をするのも悪いとは思ったけれど、ホームが別々なのでそろそろ声をかけなければいけない。恐る恐る口を開こうとすれば、桃瀬さん、と幸村くんが先に此方へ振り向いてくれた。

「あの、幸村くん。お話してくれて、ありがとうね。嬉しかった。またね」
「桃瀬さん、」

聞いて、とやけに真剣な瞳が私を見据える。ざわざわと周りは煩いのに、幸村くんの声ははっきりと私の耳に溶け込むようで、心臓が跳ねた。

「今度逢ったら、絶対に伝えようって決めてたんだ。好きだ、付き合ってほしい」
「え……」
「跡部との試合で声をかけてくれた時から、気になってたんだ。それで、一度遊びに行ってみて、やっぱり可愛くていい子だなって」

幸村くんの頬、少しだけ赤い。でも絶対私なんてもっと真っ赤で、まっすぐに私を見つめてくれる幸村くんの目とは違って、私の目は泳ぎまくっているんだろう。
付き合ってほしい、だなんて本気なんだろうか。でもまだ幸村くんと知り合って間もないけれども、彼はきっと、冗談でこんな事を言う人じゃない。
私も、真剣に答えなきゃ駄目だ。

「ありがとう、幸村くん。嬉しい」
「桃瀬さん…」
「でも。…でも、付き合う事はできない。幸村くんにはもっと、相応しい女の子がいると思うから。本当に、ありがとう。ごめんなさい」

幸村くんが何かを言う前に、私は逃げるように改札を通り抜けた。ごめんなさい、ごめんなさい。何度も心の中で幸村くんに謝った。彼の気持ちに応えられるだけの資格も、度胸も私にはないのだ。
友達の位置でいるのが、二人のためにはきっと一番良い。
告白を断ってしまったら、もう二度と幸村くんは逢ってくれないんだろうか。あの笑顔は、あの優しい声は。二度と私に向けられないんだろうか。
乗り込んだ電車に揺られながら、吊革を握り締める手の力を強めた。
自分で選んだくせに、何を後悔してるんだろう。後悔する権利も、悲しむ権利も私にはないのに。
でも確かに胸に残ったこの痼が、今更になってズキズキと痛み始める。苦しくて、死んじゃいそうだ。



(まだ続く)






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