「君、可愛いね」の続き
「お前の何を見て可愛いなんて言ったんだろうな」
「ちょっ、失礼」
「幸村の審美眼、どうなってんだ?」
「跡部くんと向日くん、後から覚えとけよ」
部活の終了した後に、皆からさっきの詳細を求められたから話してみれば、これである。向日くんは爆笑、宍戸くんと日吉くんは呆然、後は多種多様な反応だ。鳳くんは「ひな先輩は可愛いですよ」とフォローを入れてくれた。さすが気の遣える後輩は違うなぁ。
「なあ、今メール送ってみろよ」
「えええ、やだよ」
「何て送るかも考えなアカンなぁ」
皆とっても楽しそうにああだこうだとメールの内容を意見しているが、黙って聞いていれば酷いものである。私、そんなハートの絵文字とか初対面に近い男の子に送れる程、神経図太くないというか。そもそも本当になんで、あんなかっこいい人が私なんかにメアドをくれたんだろう。からかわれてる、とか。
考え出したら止まらなくて、ふうと溜め息をついた所でいやに忍足くんと向日くんが盛り上がってるのに気付く――……気付いた時にはもう、遅かったんだけども。
「はい、送信すんで〜」
「いけっ、侑士!」
「えっ、なにやっ、て」
「送信完了〜!」
あろう事か、二人は私の携帯で勝手にメールを送ってしまったらしい。ポカンとする私に携帯を返し、ふざけてはないからちゃんと見てみ、といやに機嫌の良い忍足くんが私の肩を抱いた。
「……え、なに、なんなの、デートとか」
「ええやん、幸村って言うたら立海でも人気あるらしいで。そんな奴にメアド聞かれたんやから、ひなちゃんはもっと自分に自信持って、」
「忍足くんの馬鹿!」
「ぶぇっ」
部室に備えつけられたソファのクッションを投げ付ければ、忍足くんは間抜けな声をあげて倒れた。後悔も反省もしてません。
「ひなこえぇよ!」
「なんなの、デートとか、私そういうつもりじゃ……うわあああ返信きたぁぁ……」
恐る恐るメールを開いてみれば、向こう1ヶ月の空いてる日がずらりと書かれていた。そして最後に、返事待ってるね。とも。
うわあ、これはもう忍足くん達のせいでした〜とか言える雰囲気じゃない。デート、デートってなに。15年間生きてきたけど、それらしい事なんて一度もした事ないよ。どうしてくれるの、まじで。
しかしようやくひなにも春が来たか、とか跡部くんがしみじみと呟く声が、やけに遠くに聞こえた。
「へ、変じゃない?変じゃないかな?」
一人で鏡の前でくるくる回りながら最終チェックを行う。この前買ったお気に入りの白いワンピースの裾が、私が回る度にひらりひらりと揺れた。今日は幸村くんとのデートの日である。デートの日が決まってからも毎日メールは続けていた。大概幸村くんからメールが来て、どちらかが眠くなるまで続く。
昨日の最後のメールをなんとなく見返してみれば、明日楽しみにしてるね、という一文に、顔文字も絵文字も何もないのに、何故かあったかい気持ちになれた。
「う、わ、遅刻する!いってきます!」
こちらもお気に入りのピンクのパンプスを履いて、駅まで急いだ。ああ、緊張する。電車の中で髪の毛を直したり、色付きのリップを塗り直したりしていれば、すぐに目的地に到着した。幸村くん、もう来てるかな。心臓がずっとドキドキしてて、ちっとも落ち着いてくれない。
「あ、桃瀬さん」
「ゆ、幸村くん。おはよ」
「おはよう」
「早いね」
改札を出た所の柱にもたれ掛かっていた幸村くんに駆け寄れば、幸村くんはにこりと笑って挨拶してくれた。どうしよう、私服すごいかっこいいな。私、変じゃないかな。そわそわしながら幸村くんに「待たせちゃったかな?」と問い掛ければ「全然」と返ってくる。
「それにしても、私服すっごく可愛いね。ワンピース似合ってる」
「……あ、ありがと!幸村くんも、えっと、私服すごく……かっこいいね」
「そう?ありがとう」
幸村くんの微笑みを直視出来ずにパッと顔を逸らせば、映画館すぐそこだから、と幸村くんが歩き出した。遅れないように幸村くんの隣を歩く。
「映画、何観る?」
「幸村くんは何か観たいのある?」
「ちょっと気になってるのがいくつかあるんだけど、映画館着いたら一緒に選んでくれる?」
「う、ん」
緊張しっぱなしでぎこちない私とは違って、幸村くんはずっとにこにこ笑顔で行動もスマートである。慣れてる、のかな。まあこんなにかっこよかったらそりゃそうだよね。なんか幸村くんってうちの部にはいないタイプだから、すごく緊張するんだよなぁ。何話していいのか、全く分からない。
「桃瀬さん、今日は部活お休みなのかな」
「あ、うん。そうなの」
「うちの学校も。休みが重なるって、滅多にないよね」
「だね。休みなんて1ヶ月に2回あれば多いくらいだから」
幸村くんの立海も我が氷帝も、強豪と言われるだけあって練習もかなりハードだし、休みなんてほとんどないのである。本当に、休みが重なるなんてすごい偶然だと思う。
なんだかんだと話ながら映画館に着いて、今話題の映画のチケットを取る事になった。人気なので今から一番近い回はもう売り切れていて、次回は昼過ぎからである。チケットを鞄にしまっていると「昼御飯食べようか」と幸村くんが時計を見ながら提案してきた。人混みの中でよろけつつも頷けば、当然のように幸村くんの手が私の手を掴んで「はぐれないようにね」と笑う。心臓が、跳ねた。
すいすいと人混みを通り抜けていく幸村くんの手を必死にぎゅうと握れば、優しく握り返される。ぶわあと顔が熱くなるのが分かった。
「何か食べたいものある?」
「な、なんでもいいよ」
「じゃあそこのレストラン入ろうか」
幸村くんは、やっぱり至って普通だ。私なんて今にも手汗かきそうなぐらいにドキドキしてるのにな。これが経験の差ってやつか。
レストランに入って席に腰掛けても、まだ掌に幸村くんの熱が残っているような感覚すらした。幸村くんは相変わらずにこにこと笑みを絶やさないまま、私の方に向かってメニューを開いてくれる。
それぞれ注文を済ませると、私は携帯をテーブルに置いて「おなかすいたねぇ」と切り出してみた。
「そうだね。朝あんまり入らなくて、今頃おなかすいてきたかもしれないな」
「えっ、気分でも悪かったの?」
「ううん、桃瀬さんに逢えると思ったらなんか緊張しちゃって」
笑顔でさらりとそんな事を言われて、私はお水を飲む手を止めて間抜けな顔をする。緊張とか、ホントなのかな。幸村くん、別にどこも緊張してるような雰囲気とか、ないんだけどな。
「私、今すごく緊張してる」
「うん、分かる」
「う、ごめんね」
「謝る事じゃないよ」
幸村くんの優しい笑顔に、心臓がキュンと鳴いた。ああ、やっぱり素敵な人だな。こんな人とデートとか、なんか本当に不思議な気分だ。
「俺、桃瀬さんとまた逢えて本当に嬉しい」
「……あ、」
「出来ればこうやって、何度でも逢いたい」
急に真面目な顔になった幸村くんに、ドキンとしたかと思えばその弾みでお水の入ったコップを倒してしまった。あっと気付いた時にはもう遅く、お水は幸村くんの方へと流れてあろう事か彼の服を濡らしてしまったのだ。私は飛び上がるように立ち上がって、鞄の中から引っ張り出したハンカチを幸村くんに押し付けた。ばか、ばか!なんでこんな、ドジとかそういう言葉で済ませられない事しちゃうの!
「ご、ごごごめんね幸村くん、どうしよう、どうしよう」
思わず泣きそうになる私の頭をさらりと撫でて、幸村くんは困ったように「大丈夫だからそんな泣きそうな顔しないで」と笑った。
「だ、だって」
「可愛い顔が台無しだよ?ほら、」
今度は幸村くんがハンカチを出して、私の目尻に溜まった涙を拭ってくれた。その上、ごめんね、と尚も謝る私の頭を撫で続けてくれる。店員さんが持ってきてくれたタオルを膝にのせながら「どうせこの後、新しい服買うつもりだったし」なんて言って笑う幸村くんは、だから、と言葉を繋げる。
「桃瀬さん、俺に似合う服とか見立ててくれない?それでチャラね」
「え、でも、」
「水だからにおいもつかないし、すぐ乾くよ。ね?そんなに気にしないで」
私の涙を拭いたハンカチを、持っててと握らせてから、幸村くんは「返事は?」と首を傾げる。こくこくと頷けば、満足気に笑ってくれた。
ああ駄目、惚れてしまいそうだ。
(更に続く)