私は割と、試合だとか合同練習とかが好きだ。相手学校のマネージャーさんと仲良くなったり、いつもと違う環境におかれた皆がやる気になってる姿が見れるのだ。氷帝は設備が整っているためあまり此方から遠征に行く事はないけれど、それでもやっぱり普段の練習よりは楽しい気がする。そうして今日も、でっかいドリンクのカゴ、タオルの山、スコアノートを抱えながら相手校のマネージャーさんと仲良くお喋りしていた。今日の相手校は立海というらしく、隣の県からわざわざ遠征してきてくれたらしい。あちらも私立らしく設備が整っているため、滅多に遠征なんてないそうだ。
お疲れ様、だなんてお話していたら、宍戸くんが「ひな、タオル!」と叫ぶものだから慌てて脇に置いておいたカゴからタオルを取り出して、宍戸くんの方へと走った。
「サンキュ」
「お疲れ様、試合終わった?」
「おう、んで、お前次あっちのコートのスコア付けてこいだと」
「ええっ?私、まだ順番じゃない…」
「跡部の試合なんだよ」
跡部くんなら仕方ないね、と溜め息をつけば「お前はお気に入りだからな」と茶化すように言われた。お気に入りなんて聞こえはいいが、要は良い様に使われているだけだ。どうせ私は跡部くんのわんちゃんですよ、と唇を尖らせれば宍戸くんに頭を叩かれた。いいから早く行けだって!はいはい、言われなくとも行きますよ。
「跡部くん」
「遅い」
コートに駆け寄った瞬間、この一言である。それは跡部くんが予定を急変したからで、と説明すればラケットで頭をコンと叩かれる。いや、ラケットをそんな風に使わないでください。
「お前、審判も出来るだろう」
「ええー?無理だよ球見えないし」
「俺もいるんで大丈夫ですよ」
心底嫌そうな顔をしながら歩いてきたのは、可愛い後輩の日吉くんだった。なんでも次期部長なんだから俺の試合は見とけ!と跡部くんに言われたらしい。多分、ただ観客が欲しかっただけなんだろうな。私はスコアを取らなくてはならないので、基本的なコールは日吉くんに任せる事にする。
「あの、お名前伺っても良いですか?」
跡部くんの相手にそう尋ねると、笑顔で名前を教えてくれた。女の子みたいな顔なのに、名前はすごく男らしい。幸村くんか、珍しい苗字だなぁ。
そうして試合が始まってからが、なんかもうすごかった。幸村くんはあんなに細い腕のどこからそんな力が出るの、ってくらいすごいスマッシュで、コートの外にいる私までビビって声をあげてしまった。日吉くんに煩いです先輩、と叱られる。いや、でもあれは怖いよ跡部くんよく拾えるよねすごい……!そこからも力強いラリーの応酬で、隙をついた幸村くんがポイントを先取した。跡部くんを圧倒するなんて、すごい人だ。隣の日吉くんを見やれば、なんかすごい燃えていた。燃える審判である日吉くんは冷めてるように見えて、意外と熱いから面白い。
結局試合は7-5で、跡部くんが、あの跡部くんが負けてしまったのだ。ポカンと口を開けたまま跡部くんに駆け寄れば、負けたけどもとってもいい顔をしていた。試合中も楽しそうだったしなぁ。本試合では負けてやらねぇぞ、と幸村くんと握手を交わすのを私は黙って見つめていた。
「ねえ」
「は、はい」
跡部くんに言われてドリンクとタオル(いつもならこれは樺地くんの役目なのだが、彼は今試合中である)を取りに行って渡した直後、幸村くんから声をかけられた。隣で跡部くんはあまり興味も無さげに見つめている。
流れる汗をタオルで拭きながら幸村くんが「名前は?」とにこやかに問い掛けてきたので「桃瀬ひなです」と元気に答えた。跡部くんが私にドリンクとタオルを返して「行くぞ」と呼び掛ける。慌てて追い掛けようとすると、がしっと腕を掴まれた。びっくりである。
「あ、あの」
「氷帝の正規マネージャーさん?」
「はい」
「学年は?」
「3年です」
聞かれるままに質問に答えていると、跡部くんの怒号がとんだ。全く、私か樺地くんがいないとすぐあれである。すみませんちょっと急ぐので、と申し訳なさそうに言ってみれば、幸村くんが「ノート貸して」と微笑む。あ、スコアが見たかったのかな。
と思いきや、幸村くんはすらすらと何かを書き込んで、はいと笑顔でノートを返してきた。なんぞ?と不思議そうな顔をする私に「俺のメールアドレス」と微笑む。ああ、メールアドレスか。メール、アドレス……
「えっ?」
「良かったら、メールしてきて」
「な、なんで私なんかに、メアド……」
「桃瀬さん、すごく可愛いから」
可愛いなんて言葉、親戚や近所の人から言われたのを除けば、始めて言われた。しかもこんなかっこいい人に、なんて、なんか騙されてる気がする。混乱しながらも、はあ、と返せば「疑ってる?」なんて聞かれた。いや、いきなり幸村くんみたいなイケメンにそんな事言われても、疑うと言うより戸惑う気がするんだ。
「絶対にメール、してきてね」
「あ、はい」
「ひな!」
なにしてんだ、と怒る跡部くんに「今いく!」と答えて走り出そうとすれば、幸村くんにまたしても引き留められる。と、思えばほっぺに温かいものが一瞬押しあてられて、すぐに離れていく。い、今何が起こったの。えっ?私の思考は止まった。跡部くんの怒号も止まった。
「俺の事、忘れないように」
メール待ってるからね、と何事も無かったかのように去っていく幸村くんの後ろ姿を呆然と見つめながら、ようやく理解する。
ほ、ほっぺにちゅーされたのか。
(続くという)