周りからは、あんた達まだ付き合ってないの?とびっくりされたり呆れられたりするけども、私と蓮二はただの幼馴染である。家が隣だから登下校はもちろん一緒で、昼休みにはお喋りしたり、寒い日には手を繋いだり。だから今更付き合うといわれても、想像すら出来なかった。だって蓮二と私がちゅーとかするわけでしょ?無理、考えられないよ。そう言ってけらけら笑えば、友達は皆頭を抱えてしまうのだ。私、別にこれと言って変な事を言った覚えはないんだけど。
「アンタ、一生彼氏出来なくていいの?」
「えっ、やだよ」
「じゃあ柳離れすべきでしょ」
「やだやだそっちの方がやだ!」
隣に蓮二のいない私なんて、それこそ考えられない。蓮二じゃなくて他の男の子とおてて繋いで帰るとか、私じゃなくて蓮二が寂しがっちゃう気がする。蓮二、意外と寂しがり屋さんなんだよ。私ほどじゃないけどね。
捲し立てるようにそう言えば、友人はそれこそポカンだった。アンタ達実は付き合ってるんでしょ、という言葉にだからぁ、と返した所で教室の外から私を呼ぶ声がした。蓮二だ!
「蓮二、蓮二!常任委員会終わった?」
「ああ、帰ろうか」
「おなかすいた!」
「じゃあ帰りに何か食べて帰るか」
「わーい!じゃあ、また明日ね!」
教室でまだダベる気らしい友人達に手を振れば、二人は「お前ら早く付き合え!」と叫んだ。蓮二もびっくりしている。蓮二の前で付き合うわけないじゃん!とか言うのもちょっと失礼なので「うるさーい!」と返して逃げるように蓮二の手を引いて廊下を走った。こら、と叱りながらも蓮二はちょっと笑っていた。蓮二がこうやって笑うの、大好きだ。ローファーに履き替えてマフラーを巻き直すと、今日も寒いなと蓮二がきゅっと手を握ってくれる。蓮二の手はすっごく温かい。
「何を話してたんだ?」
「えっと、まあいつもと同じ感じ。なんで蓮二と私、付き合わないのって」
「今更だな」
「今更でしょ」
そう言って二人で顔を見合わせて笑った。蓮二がそう言ってくれて、ちょっとほっとした。時々、蓮二の隣に居たいのは私のワガママなんじゃないか、って思う時がある。蓮二だって、彼女が欲しいとか思う時もあるのだろうか。私の事、ちょっと鬱陶しくなったりする日がいつか、来るんだろうか。不安に駆られてぎゅっと手を握る力を強くすれば、蓮二も何も言わずに強く握り返してくれる。ねえ蓮二、私まだまだ貴方の隣で笑ってたいんだよ。
二人でたい焼きを食べて帰宅してからもすぐ、宿題を抱えて蓮二の家に突撃する。蓮二の家は基本鍵が開けっ放しだから、勝手にお邪魔するのが最早習慣になっている。居間にいた蓮二のお母さんに「おじゃまします!」と断るのは忘れずに。
「ひなちゃんごめんね、今、蓮二にちょっと御使いに行ってもらってるの。部屋で待っておいてくれる?」
「はい」
言われた通り蓮二の部屋に入る。別に蓮二の部屋に入るのはもちろんこれが初めてな訳でもなく、蓮二の家なのに私が一人でお留守番なんてザラである。
蓮二の部屋はいつ見てもすごく片付いてて、いいにおいがする。消臭剤のにおいはあんまり好かない、とか言って蓮二はお香を焚くのだ。私はこの香りが大好きだ。蓮二のにおいって感じがする。
ぼすんとベッドに横になったところで、蓮二の鞄が全開になったままほったらかされているのに気付いた。手を伸ばしたのは、興味本意だ。
「なにこれ」
可愛い封筒。蓮二らしくない。という事はラブレターだろうか!蓮二がモテてるのは知ってるが、実際こうしてラブレターを見たのは初めてである。悪いとは思いつつも、封筒を開いて中身を読む。封筒に相応しい可愛い字は、必死に蓮二への想いを訴えていた。今時ラブレターなんて珍しいよね、可愛い子だなぁ。
「なにをしてるんだ」
「れ、」
彼の名前を呼ぶ前に手紙を取り上げられる。蓮二は少し、怒っているように見えた。
「人の物を勝手に見るな」
「ど、どうしてそんな怒るの。悪いとは思うけど別にいいじゃん、どうせ断るんでしょ」
「断るかどうかはまだ決めてない」
その言葉に、私は目を見開いた。じゃあ、付き合うかもしれないの?なんて聞けなかった。ようやく彼女ができるね、とも言ってあげる事すらできない。ただ黙って、蓮二を見つめる事しかできなかった。どうして、そんな事言うの。
「同じクラスの女子で、割と仲が良いんだ。話も合うし、性格も良い。だから、少々考える時間が欲しいと相手にも伝えてある」
「…そんなの、知らない。蓮二に仲が良い子がいるなんて、知らない」
「……ひな、お前にだって男友達くらいいるだろう」
「いるけど、蓮二が言うなら片っ端から切る」
「ひな、」
咎めるような声が、嫌いだった。顔を背けるように蓮二の枕に顔を埋めると、やっぱり私の大好きな蓮二のにおいがする。ワガママだなんて知ってる。分かってるけど、蓮二が他の女の子と手を繋いだり、一緒に何か食べて帰ったりするなんて、やだ。私だけがいい。蓮二が触れるのは、私だけでいいのに。
「俺の枕を濡らすなよ」
「やだ」
「……本当にお前は、」
呆れたような声にびくりと肩を震わせた。蓮二に、嫌われる。
でも、私の頭を優しく撫でてくれるのが蓮二の手だと分かった途端、安心感故に涙が込み上げてきて、結局蓮二の枕を濡らしてしまった。蓮二の優しい笑い声が、聞こえる。
「まだしばらくは、お前を一人にできなさそうだ」
「ずっとだよ。ずっと傍にいて」
「なら結婚するしかないな」
「私と蓮二が結婚するの?」
結婚かぁ、と想像してみた。結婚式はうまく想像できないけど、蓮二が私の作ったご飯を食べて、二人でお揃いの指輪をはめて寄り添うのは、素敵だなと素直に思う。いいね、と笑えば蓮二がそうだろう、と涙で濡れた頬に口付けてくれる。誓いのキスって、こんな感じなのかな。そう呟くと蓮二が今度は唇に軽く口付けた。
「誓いの口付けは、こっちだろう」
「じゃあ、これで私たち、結婚しなきゃ駄目だね」
「そうだな」
少し前までは蓮二とキスなんて想像も出来なかったけど、不思議と嫌じゃなかった。
結婚するならやっぱり、お付き合いしなきゃね。
そう言えば蓮二は本当に嬉しそうに微笑んでくれたから、私も自然と笑みが零れたのだった。
(ラブレター見えるようにしてたのはわざとっていう)