「だめ!」

家には今日はパパもママもいなくて、つまり蓮二くんと二人きりで。
確かに今までいい雰囲気だったのだ。だから、私の肩を優しく掴んでベッドに押し倒そうとした蓮二くんは、一応間違ってはない。間違ってはないのだけども、私はもう一度はっきりとだめ、と拒否をして蓮二くんの胸をぐいと押す。何が起こったのか分からないというような顔で蓮二くんが「ひな?」と私の名前を呼ぶのを申し訳なく思ったけども少し皺になったスカートを直しながら「今日はちょっと、」と小さな声で答えた。
困ったような顔をしながらも、そうか、と目を伏せて再びシャーペンを握る蓮二くんは「すまない」と言ったきり黙ってしまった。この気まずい沈黙に、どうしようとスカートをぎゅうと握る。別に私だって、蓮二くんとそういう事、がしたくないわけじゃない。そういう雰囲気になった時の、蓮二くんが私に触れる指はとっても優しくて好きだ。でも今日は、今日だけは。
ちらりと蓮二くんを見やり意を決したように「あのね」と切り出せば蓮二くんの視線が私へと向き直る。こんな事改めて口に出して言うのもなんだか恥ずかしいな、と思いながらも視線をゆらゆらさまよわせて「えっと、」と小さく息を吸った。中々本題に入ろうとしない私に、蓮二くんはさっきの事なら気にしなくていい、と困ったように私の髪をすいてくれる。このひとはもう、どこまで優しいんだ。

「違うの、蓮二くん」
「…?」
「わ、私、こういうのが嫌で、だめって言ったんじゃなくて、そのっ……」

ああ、なんであと一言が出てこないの、私のバカ!再びあの、えっと、と繰り返すだけの私の手に自分のそれをゆうるりと重ねて、続きを促してくれる。それは嬉しいんだけど、ごめんね、大した事じゃないんだ。言い出せないだけで!

「俺とこうやって触れ合うのは嫌じゃないんだな?」
「う、うん…さっきのも、嫌ではなかったの」

駄目なだけで、嫌じゃない。はしたない事を言ってしまえば、もっと触れ合いたいとすら思ってる。ちらりと蓮二くんを見上げれば、良かったと微笑むその顔がどうしようもなく愛しくて、蓮二くんのシャツをぎゅうと握って膝立ちになった。どうしたと問い掛けられる前に、触れるだけのキスをする。暖房で少し乾いたらしい唇に潤いを与えるかのように舌で僅かに舐めてみると、蓮二くんは驚いたように肩を揺らした。しかしやがて私の頬に手がそえられて、唇を割って舌が侵入する。丁寧に歯列をなぞられる感覚にぞくりとすれば、シャツを掴む手から力が抜けていった。体重を支えていた膝も震えてきて、ぺたんと座り込んでも解放はされずに腰に手を回される。ぼおっとしてきた頭に支えられた腰の鈍い痛みの感覚が流れ込んできて、私はハッと本題を思い出した。そうだ、駄目だけど嫌じゃないだなんて恥ずかしいだけだから、押してやってください!って言ってるも同然なのかもしれない、意訳だけど。しかも自分からキスしちゃったし、床に押し倒されてるし、あっ、今着けてるの昼用だから寝転ぶと、

「だめ!」

……これじゃ最初に戻る状態である。まただめって叫んじゃった。またこの空気に戻ってしまった。一度ならず二度も拒否まがいの言葉を吐いてしまったのが、私自身もショックである。もうこれ以上恥ずかしがってても蓮二くんに勘違いさせてしまうだけだ。起き上がって半泣きになりながら意を決したように「今日生理なの!」と今度こそ言ってみせた。案の定、蓮二くんはポカンとしている。

「だ、だから、あの…」

何も言わない蓮二くんから注がれる視線に耐えられなくなって、ごめんね、と謝れば蓮二くんは可笑しそうに笑い出す。

「…なんで笑うの」
「お前が謝る必要はないだろう」
「だ…だって」

しばらく笑った後ですまない、と謝る蓮二くんにいや蓮二くんが謝る必要もないよね、と返せば「知らなかったとはいえ、労ってやれなかったからな」と頭を撫でられた。うーん、でも生理の度に過剰に気を遣われるのも憚られるし、普通でいいのに。今日はお薬も飲んでるし、痛みも軽いみたいで体調的には全く平気なのだ。
女子は大変だな、と慈しむように頬を撫でられるのが心地よくて、温かい掌へ擦り寄る。

「また終わった頃に再挑戦してね」

蓮二くんの胸へ凭れかかりながらそう言えば、頬を撫でていた手が止まって頭の上で小さな溜め息と何やら呟くのが聞こえた。なんて言ったの?と聞いても答えは返ってこなかったので、蓮二くんの背中に手を回してぎゅうと強く抱き締める。
そこでよくよく考えてみれば、私は今、なんという恥ずかしい事を言ってしまったのか。顔をあげるのも恥ずかしくて、抱き締める力を強める。そんな私の心を知ってか知らずか、蓮二くんの腕が私を包み込んでくれたのだった。




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