「柳、これ開けて」

手痺れてて開かない、と桜餅あんぱんの袋を俺に渡す桃瀬は、寝起きでまだしっかり目が開いていない。先程までその腕を枕にして古典の時間を睡眠時間にしていたのだからそれも道理だろう。

「今日は昼食を仁王と食べないのか」
「えー」
「…喧嘩か」

そう言って笑えば、桃瀬はまあね、と言いつつパンにかぶりつく。桃瀬の方はそれ程気にしていないという事はきっと、また仁王が勝手に浮気だなんだと騒いでいるのに過ぎないのか。飽きないなと言うと「だよねいい加減にしてほしい」と肩を竦めて見せたが、桃瀬の中では俺の言葉に自分は含まれていないのだろう。お前もだ、と心で付け足したら少し笑えた。

「雅治はさぁ、そんなに私の事信用ないのかな」
「信用がどうとかではなく、それ程お前に固執しているという事だろう」
「こしつ…」

うーんと唸って口元についた餡を指で拭う桃瀬に、お前は不安じゃないのかと問えば何が?と返された。

「仁王は中々人気があるだろう」
「でも私の事が一番好きって言ってるし」

こうケロリと返されては、此方としても言い返す言葉もない。思わず吹き出せば、何かおかしい事言った?と顔をしかめる桃瀬は既にあんぱんを食べ終えて、サンドイッチに手を移していた。
本当に掴み所のない。仁王も、桃瀬も両方だ。これだからこそ面白い。

「浮気されない自信があると、つまりそういう事か」
「違うよ。私より可愛い子なんて校内だけで腐る程いるし。ただ、雅治は私が好きって言ってるからまあ大丈夫なんじゃないかなって」
「……お前くらい仁王も余裕があればな」
「…あ、雅治教室来るって。柳、離れといたほうがいいよ」

携帯を片手に犬を追い払うようなその仕草に仕方なく従って前を向けば、すぐに教室の前のドアから仁王が入ってくる。女子生徒達が少しざわめいたが、そんな事など微塵も気にせずに真っ直ぐに桃瀬の元へと向かって来た。
ひなちゃん、と困った顔をする仁王を横目で見やりながら、これが我が部が誇るコート上のペテン師か、と呆れはするものの、これが仁王の素だという事は今までチームメイトとして共に過ごしてきたが、最近知った事実である。

「なあに」
「…怒っとる?」
「怒ってたのは雅治じゃん。別に私はなんとも」
「嘘じゃ!その口調は怒っとる…!」
「だから別にって」

サンドイッチを頬張る桃瀬は本当にどうでもよさげな顔をして、これあと半分あげる、と仁王に半分だけ食べたサンドイッチを渡す。受け取った仁王は近くから椅子を引いてきて、桃瀬の隣に並んでサンドイッチにかぶりついた。

「昼御飯食べてないでしょ」
「ひなちゃんと食べんかったら何食っても美味しくない…」
「そんな馬鹿な事言ってるから細いんだよ」

ちゃんと食え腹立つな、と桃瀬が鞄から出したのはカロリーメイトで、仁王はそれを受け取って黙々と桃瀬の隣で食べている。なんだこの光景は、とツッコミを入れられないのは何故なんだろうか。桃瀬は机に肘をついて、何か飲む?と問い掛ける。

「あ、口元ついてる」

ふわりと伸ばした手は仁王の口元を拭って、そのまま桃瀬の舌へと運ばれていく。その様をじいと見つめていた仁王は不意に桃瀬の腕を掴んで、その指をぺろりと舐めた。唖然とする俺になど構う事なく、桃瀬はその手で仁王の頬をぺちんと叩いて「食べてるのに汚いなぁ」と冷静な様子で返す。頭が痛くなった。

「なんか雅治にあげた途端にお腹空いてきた。売店で何か買ってこよ」
「ついてくナリ」
「柳、なんか売店でいるもんとかある?」

突然話を振られて咄嗟に言葉が出ずに首を横に振れば、今なら私がパシられてあげようって言ってるのに、と笑いながら財布を出す。仁王はそんな桃瀬を見つめながら、心底幸せそうな顔をしていた。骨抜きという言葉を体現している。
何も言わずに伸ばされた桃瀬の手を掴んで、仁王はじゃあの、と俺にひらりと手を振った。それに手を振り返しながら苦笑して、まだ途中の弁当箱のフタを閉める。いつも丸井が愚痴っているのも分からなくもない。今度からはもう少し真面目にあいつの話を聞いてやるか、なんて思いながら弁当箱を鞄にしまった。本当に嵐のようだったと溜め息をつく。あの二人を見ているのがあんなに長く感じたのに、昼休みはまだ始まったばかりだった。



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