「はーなーしーてー」
「いやじゃいやじゃ〜!これ着てくれんとずっとこのままじゃよ!」
「やだそんなん!普通に泳ぐ!」
「ひなちゃんは露出魔ぜよ…!」
「水着で露出魔とかここにいる人全員逮捕じゃん!上半身裸の雅治に言われたくないんだけど」

前述の通り私と雅治はプールに来ているわけだが、更衣室を出てシャワーの所で合流するなり、雅治は血相を変えて逆走してパーカーを引っ掴んで戻って来たというわけだ。そして頑なに私にそれを着ろという。着ないといったら抱きかかえられて無理矢理着せられそうになっている。お巡りさん、この人です。
別に私はビキニとかではなく、少しお子様っぽくも見えるセパレート水着な上、悲しいかなこの恰好に相応しく、ボンキュボンでもないぺたーんとした胸に色気もくそもない手足だというのに、雅治は一体何をそんなに焦ってらっしゃるのか。

「っていうかそれさぁ、女物だよね」
「姉貴から借りてきた」
「ああ…」

この事態を予測してたというのかこの子は。結局、無理矢理押し付けられたそれを指で摘まみながら「でもそれじゃ一緒に泳げないよ」と言えば「そのまま泳げばいいじゃろ」と返される。とりあえず頭を叩けば、雅治はわけが分からないというような顔をして叩かれたところを押さえていた。

「海ならまだしも、プールはこういうの着て入っちゃ駄目」
「え…」
「っていうわけで私、普通に泳いでくるね」
「ひなちゃん〜!」

雅治を振り切って近くの小さめのプールに飛び込む。冷たくて気持ちいい。すぐに後ろからばしゃんと大きな音が聞こえて、がばっと抱きつかれる。

「…泳げないんですけども雅治くん」
「パーカー着ないならこうしとる」
「プール来た意味ないじゃん!はーなーしーてー!」

またこれでは冒頭に逆戻りである。プールではがっつり泳ぎたい派の私は、なんとかして雅治を引き剥がす方法を考えなくてはならない。それか最悪共存する方法。

「あ、ねえねえ雅治あれ!あれ滑りたい!」

私が指さしたのは、このプールイチオシのウォータースライダーである。あれに何度か乗ってれば、雅治の意識もおのずと逸れるだろう。多分。しかし私の後ろで雅治はカチンと固まったかと思えば、ぶんぶんと首を横に振っていやじゃと小さく呟いた。

「え、なんでよ」
「こわい」
「…………怖くないよ」

そういえば雅治は遊園地に行っても絶叫系は極度に怖がる人だった。しかしウォータースライダーには嬉々として幼稚園くらいの子供も乗ってるじゃないか。あの子たちより怖がりって、どうなの。振り返ってぺちんとおでこを叩けば、今日ひなちゃん俺のことよう叩くのう、としょんぼりしていた。しょんぼりしたいのはこっちである。

「ほら!ごちゃごちゃ言わないで乗る!」
「えっ、え、ひなちゃん…ええ!?いやじゃ!」
「いやじゃじゃない!」

いやじゃあ!と騒ぐ雅治の手を引いて階段をのぼれば、雅治はひなちゃん意地悪!と喚いた。上の方で怖いよお、たっくんの意地悪ぅと楽しげに騒ぐカップルと完璧に台詞がかぶってる。まあ私達の場合逆だけども。あまりにも煩い雅治に、まわりに注目されることが少し恥ずかしくなって、私は思いきった行動に出た。

「黙って一回ちゃんと滑れたら、キスしてあげるから」

雅治の両手を握って投げやりにそう言えば、雅治はポカンと口を開けて、ほんとか?と問い掛ける。こくりと頷けば、ちらりとウォータースライダーの滑り口を見やってから大人しくなった。効果絶大である。
小さめのボートに乗せられれば、雅治は私を後ろからぎゅうと抱き締め、肩に顔を埋めた。係のお姉さんが苦笑しながら「しばらくこのままお待ちくださいね」と声をかける。

「滑り台のちょっと長い感じだって。平気」
「でもこれ速いんじゃろ。怖いんじゃろ」
「アンタ達のテニスの方がよっぽど怖いわ」

そんな事を話している間に、お姉さんが声をかけてボートの手綱をパッと離す。すごい勢いで滑り落ちていく感覚に、私が歓喜の悲鳴をあげようとすれば雅治が声にならない悲鳴をあげて、より私を抱き締める力を強めた。一連の行動は可愛らしいが、現役運動部に全力で抱き締められては堪ったものじゃない。内臓出るわ。
青い空間の中をしばらく滑り続けていると、向こうに光が見える。と、思った瞬間に私達はボートから投げ出されていた。おいこれ、最後ボートの意味全くない。
ばしゃん、と水に沈む瞬間まで雅治はずっと私を抱き締めていて、水上に顔を出そうとする私を引き留めて触れるだけのキスをする。
ちゃっかりしてるな、と思いながら水から顔を出すと、係員さんに「危ないのであがってください」と呼び掛けられた。

「…案外乗ってみるといけるもんでしょ?」
「ご褒美次第ではもっかい乗ってもええぜよ」
「調子にのらないの」

ぺちんと濡れたおでこを叩いて水から揚がれば、雅治がプカプカ浮いたままで「引き揚げてくんしゃい」なんて言いながら手を伸ばす。渋々しゃがんでその手を掴むと、雅治はぐいと私の手を引いてもう一度唇を重ねるだけのキスをした。周りが少しざわついたのをどこか遠くに聞きながら、したり顔をする雅治のおでこをぐっと押さえて沈めてやる。係員さんにもう一度早くあがってくださいと叱られた。私はあがってます。

「…鼻に水入った」
「あら可哀想に」

ばしゃりと水からあがりながら鼻を押さえて眉を寄せる雅治が、なんだか可愛くみえる。キスしたら治る?と顔を覗き込めば、みるみる明るい表情になって治る!と抱き着かれて、ぺたんと尻餅をついてしまう。
ばしゃん、と後ろで水が跳ねる音が聞こえた。雅治の口を手で覆いながら後でね、と笑えば不機嫌そうに目を細めてちろりと子犬のように掌を舐める。これすら可愛いと思ってしまう私もまあ、大概なのか。



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