「今日、雑用頼まれてるから適当に昼御飯食べといて」
「……な、なんで…」
「いやだから雑用頼まれてるからだって言ってんじゃん」
「いやじゃー!俺も手伝う!」

朝からわあわあと騒がしい雅治の様子に額を押さえてはあ、と溜め息をつけば、相変わらずお前らは…とブン太が呆れたように呟く。お前らってなに、ひとくくりにするのやめてください。
私とブン太は日本史のノート提出が遅れたというそんな理由だけで、ノート提出のついでに昼休み、社会科資料室を掃除しておいてくれ、なんて先生に雑用を頼まれてしまったのである。私は普段、授業中に寝ているブン太にノートを貸してあげてた心優しい善人だというのに、どうしてこんな面倒なことに巻き込まれてしまうのか。かわいそう…と自分の不幸を嘆く。

「手伝ってくれるのは嬉しいんだけどさぁ、今日ミーティングだろぃ?」
「ひなちゃんを他の男と二人きりにさせるわけにはいかんもん…」
「いや大丈夫、錯乱しない限りこいつにそんな変な気とか起こさねーし」

錯乱て。かなり失礼なことを言われている気はするが、まあ間違ってはいない。私とブン太はそんな恋とかときめきとかを感じる間柄ではないのだ。それだというのに雅治は、俺ならそんな密室でひなちゃんと二人きりなんてシチュを利用せんはずがないだの、ミーティングめんどくさいだの、子供のように駄々をこねる。めんどくさい。

「私としては手伝ってくれてもいいのね?有難いし。でもミーティングサボってこっち手伝ったことが幸村に知れたらまた私、嫌味言われんじゃん」
「…幸村には俺から、」
「いや無理だよね?」

うっと言葉に詰まり、代わりにぎゅっと私を抱き締めながら「何かあったらブンちゃんを地球儀で殴って逃げるんじゃよ」と言い聞かせてくる雅治に、万一そんなことがあっても椅子なりなんなり振り回して殴り倒すよ、と安心させるように背中を叩いてやる。その隣でブン太は「なんで俺が想像とはいえそんなひでー目に遭ってんだよ」とツッコミを入れていた。







「さー何からやるか…」
「うげ、蜘蛛の巣」
「えっやだやめてよ」

箒の先で蜘蛛の巣をつんつんと叩くブン太に顔をしかめながら、元はと言えばブン太のせいなんだから、せっせと働いてよねと積み上げられた本を本棚へと直していく。
結局、雅治はミーティングが終わったらすぐ行くから、とまるで今生の別れのように涙ぐみながらミーティングへと向かって行った。毎日毎日、泣いたり笑ったり忙しい子である。

「なんかさー」
「ん?」
「お前と仁王って、とても同年代のカップルには見えねぇよな」
「…と、言いますと?」
「年上彼女と駄々っ子年下彼氏みたいな」
「あー」

言わんとすることは分かる。わたし達だって、付き合い始めは同年代らしい、よくいるカップルだったのだ。と、言うよりも雅治の気まぐれのようなテンションで付き合うことになり、わたしは付き合ったその日からいつ捨てられてもおかしくはないな、と変な覚悟すらしていた。具体的にこの関係性が逆転したのはいつだったか思い出せなくて、クールで飄々としていた雅治は今ではわたしにべったりの甘えたちゃんである。ただそれが全ての面ではなくて、ふとした時に感情が読み取れない、ぞくりとするような一面も見せるものだから、わたしはまだ、雅治の全部を掴めているわけではないのだ。

「ブン太はこの前の子とはもう別れたの?」
「もうってなんだよ。部活忙しすぎてあんまり構ってなかったら、寂しいからって別れ切り出された」
「だっせーフラれてやんの」
「うるせー」

ブン太も顔が良いので寄ってくる女の子は絶えないけども、テニス部は強豪ゆえに鬼のような忙しさでろくにデートする暇すらない。そのため、いつもベタベタしていたい寂しがり屋の女の子には、彼女というポジションは不向きなのだろう。

「その点お前はすごいよな、一ヶ月以上デートできなくても怒らねぇとか」
「予定合わないなら仕方ないじゃん」
「それそれ。やっぱその考えは必要だろぃ。次つくるならひなみたいな彼女がいい」

ガタン。その音に振り向けば戸口に立っていた雅治がまるでこの世の終わりみたいな顔をしていた。ミーティング抜け出してきたのか。仕方のない。ブン太が仁王、と声をかければ「ブンちゃんの裏切りもん!」と一喝した。悲痛な叫び声である。そしてなんとも情けない響きである。

「……は?」
「二人きりにするのが不安で来てみればこれじゃ…俺がいないのを良いことにひなちゃんに告白なんて良い度胸やのぅ!」
「は!?」

雅治の声を遮り、ブン太は大きく首を横に振って「だからひなはナシって言ってんだろぃ!ありえねーっつの!」と全力で否定する。なにか勘違いしている雅治も雅治だが、ブン太の言い方も失礼極まりない。ナシってなんだ。どっちかと言うと、を付けろせめて。

「ひなちゃんみたいな彼女が良いって言うたじゃろうが」
「それはものの例えだ。ひなが良いとは言ってねぇ。むしろ嫌だ」
「おい丸井ブン太くん」
「ひなが絡むと仁王はマジ見境なくなるよな…。あーなんつーか、ひなみたいな彼女持ってるお前が羨ましいっつー話」
「だからひなちゃんが欲しいって?」
「ちげーよ!ちゃんと話聞け!」

今にもブン太に掴みかかりそうな雅治に、どうしてこの子はいつもこんなに余裕がないんだろうか、と呆れながらも雅治、と名前を呼んでやる。

「雅治、わたしが彼女で良かった?」
「あ、当たり前じゃ…」
「今までデートなんて両手あれば数えられるくらいしかしてなくても?」

突然の質問に訳の分からないといった顔でこくこくと頷くその様に、なんだか急にすごく愛しくなって「わたしも雅治が彼氏で良かったよ」と笑う。びっくりしたようにえっ、と声をあげてきょろきょろとしだす雅治に、ブン太は「お前らのそういうところが羨ましいって話してたんだよ」とうんざりした様子で呟いた。

「お前いい加減、余裕持ったら?結構愛されてんだから」

ブン太の言葉を噛み締めるようにしてあいされてる、と呆然としながら繰り返し、雅治はぎゅうっとわたしを抱き締める。雅治がまわりに嫉妬して、怒ったり泣いたりして、わたしに縋りついて全身で好きだと伝えてくれるこの瞬間に安心すら覚えてしまうわたしは、きっと付き合い始めから変わっていない。雅治が好きで好きで仕方ないのだ。それを言葉にするかしないかの違いだけで、わたしと雅治の関係はとってもバランスの取れたものなんだろう。
本当にお前ら二人お似合いだな、とブン太が溜め息をついた。ありがと、なんて返しをして雅治を引き剥がし、ミーティングにお帰りと背中を押せば、雅治はぶすっとした顔のままで「ブンちゃん」と念を押す。へいへいとこれまためんどくさそうに返事をして手を振るブン太は、やっぱ訂正、お前らみたいにはなりたくねーわと雅治が去った後でわたしに溢した。道理にかなってるというか、その通り過ぎて言い返す言葉もなく、それでもなんとなく恥ずかしくてわたしはただ雑巾を投げてやることしかできなかったのである。




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