「意外だったな、お前がマネージャーを自ら見繕ってくるとは」
蓮二の言葉に、幸村はそう言うと思ったよと微笑みながらネクタイを締める。俺は傍の椅子に腰掛けて確かに、とその会話に言葉を投げ掛けた。部活が終わってしばらく経った部室には、もう俺達三人しか残っていない。あとは終わるなり自販機へ駆けて行ったり、そのまま真っ直ぐ帰るなりしたらしい。
「しかも何の巡り合わせか、真田の幼馴染。これから退屈せずに済みそうだよ」
「お前はいつだって楽しそうだろう」
「なにそれ、変な事を言うね」
心外だとでも言うようにおどけてみせる幸村に、あれのどこに興味を持ったんだと問い掛ければ、幸村は「俺にも分からないんだよ」と曖昧な返事をする。なんだそれはと蓮二が小さく吹き出して、俺はてっきりお前が桃瀬を好きになったのかと、と言えば幸村は難しい顔をしてブレザーを羽織った。
「そんなんじゃないよ」という声には相変わらず曖昧さが含まれていて、普段何事にも的確に答えるあの幸村が本当に分からないんだなと思えば、ちょっとした可笑しさが込み上げてくる。微かに笑う俺に気が付いたらしい幸村は、そういう真田こそ、と目を細めた。その表情は部室に差し込む夕陽が眩しいのか、それとも。
「仁王はやめておけだとか、普段の真田なら絶対に女の子相手にしないような忠告を、桃瀬さんにならしちゃうんだね」
「俺は別に、ひなの幼馴染としての立場から、」
「まあそこから始まる恋は、いくらでもあるだろうな」
「蓮二」
お前は一体何を言ってるんだと呆れて溜め息をつけば、こういった類いの話をお前とする日が来るなんて、とやけに悪戯っぽく笑う蓮二に、幸村も本当だね、と口元に手をやる。
「うんでも、嫌いじゃないよ俺も。桃瀬さん、面白いんだ」
「それは一理あるな。初対面の会話でまさかああいった切り返しをされるとは」
「でしょ」
蓮二がひなを褒めるのをまるで自分の事のように喜ぶ幸村は、そういえば桃瀬さんに俺、キラキラしてるって言われたんだよ、と愉しそうに続ける。それはよく言われる事じゃないのか、と最早当たり前のように対応する蓮二に対して多少の可笑しさを感じるものの、幸村がそういった風に騒がれているのはよく知っているので、口を閉じる事にした。
「うん、そうなんだけど桃瀬さんはそれが苦手なんだって」
「ほう」
「苦手だって言われたのは別にこれが初めてでもないけど、あんなにあっさりと言われたのは初めてかもしれない」
自分が苦手だと言われた事をさらっと言える幸村もすごいが、いつものあのヘラヘラした調子で幸村にそれを告げたひなも、相変わらず何も考えてないというか、何と言うか。
いつも皆の中心にいるような人間が嫌いとまではいかないが、苦手意識はあると聞いた事はある。どんな人間ともそれなりに上手くやっていくひなにとって、苦手、ではあっても嫌い、という概念はなかったのだ。
「ねえ、やっぱり昔からああいう子なの?」
「…まあ、変わってないな、全く」
「そっか」
それを聞いた幸村は、仲良くなれそうだと実に嬉しそうに微笑む。やはり俺には、お前が恋をしているように見えるな、と蓮二がロッカーを閉めながら口端をつり上げれば、幸村は否定も肯定もせずにただ擽ったそうに目を細めただけだった。
ああ、今日の幸村は本当によく笑う。