5、意外と献身的です


隣に住んでる男の子に住み着かれた。
隠し事をするのが面倒な私は、次の日早速その事を同僚に報告した。すると彼女は夏はクーラーで乾燥しやすくてやだねぇ、と塗っていたハンドクリームを床に落として、ガタンと立ち上がった。

「…隣に住んでるって……えっ?ちっさい子…?」
「ううん、大学生」
「はあ?」
「困ってるみたいだから一晩泊めてあげたらさぁ、なんか居着かれて…」
「……犯罪が起こっても文句言えないよ?」

はあ、と溜め息をつく同僚に、若くして殺されるのはマジ勘弁だよね…と言えば「そっちじゃなくて!」と拾い上げたハンドクリームを投げつけられた。なんてことを。

「ひなちゃん?」
「はい」
「あなたの性別は?」
「女だね」
「その子の性別は?男だよね?同じ屋根の下に住んでる男女に何か起こらないって方が珍しいわ」
「え〜」

幸村くんはそういうんじゃないんだけどな。自分で女の子に飢えてるわけじゃないとか言ってたし。どっちかっていうと心配なのは金品だ。それを言うと呆れられるのは目に見えてるから言わないけども。

「気をつけなよ。男は狼なんだから」
「へいへい」

何も知らない純情な少女じゃあるまいし、危険か危険かじゃないかくらい察知できる。まあ今回は彼の押しが強すぎて、察知とかそういうレベルじゃなかったけど。そしてさすがに隠し事をしない私でも、幸村くんがペットとしておうちにいるという事は、ついぞ黙ったままだった。







「あ、雨だ」
「え〜傘もってな〜い」

その日は夜から急に雨が降ってきて、ホームで電車を待つ人々もざわざわと騒ぎ始める。まあかく言う私は折り畳み傘を持ってるから平気なわけだけども、雨の中歩いて帰るという構図を思い浮かべるだけで、仕事の疲れが二倍増しになるってもんだ。今日も昨日と同じような時間に帰れてハッピーだった気持ちが、少しだけ沈む。ピンポンパンポン、という軽快な音が電車の到着を知らせるのを聞きながら、私は鞄から音楽を聞こうとウォークマンを取り出すのであった。


電車に乗る事しばらく、少しうとうとしてしまっていた私は、降車駅だと気付いて弾かれるように立ち上がって電車を降りた。危ない、寝過ごすところだった。ウォークマンをしまって、代わりに定期入れを取り出す。改札を出れば、雨のために家族を待っているらしい女子高生やサラリーマンの姿がちらほら見られた。その中に見知った姿を見つけて、私は思わず目を凝らす。

「桃瀬さん」
「…なんでいるの」

そこには何故か幸村くんがいて、私を見つけるなりにこやかに此方へと歩いてくるではないか。通り過ぎる人たちがあの子かっこいいなぁ、とひそひそ囁くのを聞きながら、定期入れを鞄にしまう。

「なんで、って。雨だし桃瀬さんが困ってるかなって」

そう言って差し出されたのは傘で、わざわざこの雨の中ここまで迎えにきてくれたのか、となんだか感心してしまった。

「っていうかえっ、私、帰る時間言ってないよね」
「降り出してすぐに家から出て、そこのカフェで時間潰して待ってたんだけど」
「…」
「ほら、普通の犬や猫じゃこんな事はしてくれないだろ?」

そう言って微笑む幸村くんに、鞄の中の折り畳み傘の存在をわざわざ告げるのは無粋だな、なんて思えばなんだか笑みがこぼれた。何がおかしいの、とムッとする幸村くんの肩を叩いて、ありがとうとお礼を言えば満足気に目を細める。あ、なんだ。可愛いところあるじゃん。
幸村くんの手にある傘が一本しかないのはこの際許すとして、幸村くんが開いた傘に入って二人でいつもの道を歩いて帰った。帰ったらお礼、否、かわいいペットちゃんへのご褒美に、少し高めの紅茶でも淹れてあげようかな、なんて思いながら。





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