下にいくほど新しい


幸村くんハピバ!(幸村)

その日の土曜日は珍しく家庭教師が来ない日だった。世は受験シーズン真っ只中だというのに、大学までエスカレーター式のここ立海ではそんな事は関係なし。どうやら私の家庭教師さんは、他の子の勉強を見るので忙しいらしい。
まだ少しだけ寒い春の休日、白のコートを着てブーツを履いてママに行ってきますと言えば、ママはエプロンで濡れた手を拭きながら「春コート、出したのね」なんて笑う。これは先日ママが買ってくれた新しい春コートで、早くも私のお気に入りである。
行ってらっしゃい、と笑顔のママに見送られて、ドアを閉めれば「おはよう」と門の方から声がする。私の動きはそこで完全に止まる。嘘だ、聞き間違いのはず。なんでこんな所に、

「おはよう、ひな。あれ、そのコート新しいね」

何故か私の家の門で待っていたらしい精市は、それはそれは可愛らしい笑顔で私のコートを似合ってる、だなんて褒めてくれる。この満面の笑み。精市は、怒っている。どうしてかなんて分かりきっている私は、確実に怒ってらっしゃる精市にぎこちない笑顔を向けながら近寄っていった。

今日は精市の誕生日で、本当なら朝からデートするはずだったのだ。しかし事もあろうに私はプレゼントを買い忘れた事に、昨晩、そう、昨晩気付いたのだ。今からじゃコンビニしか開いてない。そう悟った私は潔く諦めた。朝からのデートを夕方からにずらして、朝の内にプレゼントを買いに行こうと決めて精市にメールをした。ところで私の昨夜の意識は途切れている。つまり、返事も聞かずに精市とのデートを夕方からに決定してしまったのだ。説明は長いが、つまりまとめればこういう事だ。

精市が私の勝手を許すはずもなく、非常にお怒りになって我が家に降臨なさいました。

「俺のメール見た?」
「……見てません」
「電話したのに出ないし、お前、何のための携帯なの?」

笑顔だ。とっても素敵な笑顔ですね精市くん、さすが王子様と言われるだけはあるね。心の中でそう呟きながら、ここは下手な言い訳をしても無駄だと悟る。

「……あの、」
「まあどうせお前の事だから、プレゼント買い忘れて今から急いで買ってしまおうって魂胆?」
「まじ返す言葉もないです」

精市に頭を下げれば、がしりと両頬を挟まれてぐいと顔を上げさせられる。お花に水あげてる近所の人がこっち見てる。ちょっと恥ずかしい。

「彼氏の誕生日プレゼントを、そんな適当に選ぶつもりなの」
「あいたたた!滅相もないゆっくりじっくり選びます!」
「じゃあ、今から一緒に行こう」

そう言って精市は私の両頬を掌でぱんと優しく叩いて、手を差し出す。

「真田から美術館のチケット貰ってるし、それ見ながらじっくり考えろよ」
「……真田くん、プレゼントのセンスあるね」
「部員は皆、昨日の内にプレゼントくれたんだけど」
「……本当に申し訳ない。精市の誕生日を忘れてたわけじゃないんだよ?プレゼントを忘れてただけで」
「分かった分かった」

手を繋いだまま、駅へ向かう。15歳になった精市は、別に一つ歳をとったからといってそんなにすぐ大人びたわけではないけれど、やっぱり私の手を包む彼の手はすごく大きくて温かい。精市、おめでとう。ぽつりと呟けばその呟きを拾ったらしい精市が、ぎゅうと手を繋ぐ力を強めてくれた。
彼氏に誕生日プレゼントもちゃんと用意してあげられない彼女だけど、やっぱり精市を好きな気持ちだけは誰にも負けない気がした。根拠とかそういうのは、別にないけど。



HAPPY BIRTHDAY YUKIMURA!


2011.03.05









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