下にいくほど新しい


貴方に一歩、近付こう(柳)

不器用でも、下手くそでもどんな歪な形だって良い。伝えよう、わたしの気持ちを。他人になんて思われようが、自分が惨めになる恋だけはしたくない。
だから、貴方に一歩、近付く為に歩いて行こう。






「お母さん?今から帰るね」

部活での体と心の疲れを振り払うかの様に、携帯片手に自転車を颯爽と飛ばす。本当は携帯片手に自転車なんて乗っちゃ駄目だけど、一々降りてお話するのは面倒だもん!なんて心の中で言い訳しながら、住宅街へと続く道を曲がる。靡くスカートが気になって下に目をやると、お母さんから「気を付けてね」の返事。

「うん、じゃーね」
「あ、ひな…」
「えっ!?」

お母さんが何か言いかけたが、先に電源ボタンを押して通話を切ってしまった。
…もう一度かけ直すのも面倒。あと少しで家に着くからそこで聞けばいいやとスカートのポケットに携帯を滑り込ませて、再びペダルを漕ぐ足に力を入れる。夜風が頬を掠めていく。少しだけ、寒い。吐く息は白いけど、部活帰りの体はポカポカしてるように感じた。
夜空には満点の星。
こういうのを見れた日には、何だか良いこと起こりそうだなぁ、なんて考えながら、家を目指す。




「ただいまー」
「おかえりなさい。あ、靴下そこで脱いできてよ」
「はいはーい」

リビングからお母さんが大声で叫ぶのに負けないくらい大きな声で返事して、紺の靴下を脱ぐ。玄関まで漂ういい香りに少しだけ幸せな気分になるが、食べ終わったら宿題しなきゃと考えるとなんとも鬱である。今日は英語の課題をどっさり出されたから、きっと赤也からSOSのメールがくるはずだ。赤也という私の友人は、英語だけはからっきし苦手で、夏休みや冬休みだとか長期休みの宿題が出た時も、必ずと言って良い程私に泣きついてくるのだ。私も英語がそこまで得意というわけでもないが、赤也よりはずっとマシである。

「お母さん、明日は朝練あるからちょっと早めに行くから、ね……」

裸足のままぺたぺたとリビングへ入っていけば、ソファに座って新聞を呼んでいた人物が、不意に此方を振り返る。私は、彼を目に認めた瞬間、走り出すようにして彼の元へと駆け寄った。

「蓮二お兄ちゃん!」

久しぶりに見た大好きな従兄弟の姿に、私は片手に持ったソックスそっちのけで彼が座るソファに手を置いて、蓮二お兄ちゃんを覗き込むようにして見つめた。

「お兄ちゃん久しぶり!」
「久しぶりだな、ひな」
「え、何でいるの!?び、びっくりした」
「ひなの家庭教師を頼まれてな。叔母さんから聞いてなかったか?」
「……お母さん?どゆこと?」

キッチンでサラダを作っていたお母さんに問い掛ければ「だって貴方、」と目線も此方に向けないままに口を開く。

「蓮二お兄ちゃんが高等部進むならあたしも〜!とか言ってるクセに部活ばっかりで全然勉強しないでしょ?」
「えっ、」

どうしてそれを本人のいる前で言うのかなんぞこの母親、えっ、どうすればいいのちょっ、気まずいじゃんこれ。気まずいのは私だけかもしれないけど、ええええ!勉強あんまりしてない事も恥ずかしいが、なにより蓮二お兄ちゃんが行くから、だなんて下心がバレた事が恥ずかしい、穴があったら埋まりたい。
ぐるぐると思考が巡る中で色々な事を考えていると、そんな私を見かねたのか蓮二お兄ちゃんが「俺で役に立つのなら、いくらでも協力するからな」と頭を優しく撫でてくれる。

「ごめんね、蓮二くん。助かるわ」
「いや、構いませんよ。ひな、部活で疲れているとは思うが、早速今日から頑張っていこう」
「……はい」

なんだかんだで、蓮二お兄ちゃんにこう言われると断れないものがある。ああ、蓮二お兄ちゃんと部屋で二人っきりだなんて、私、倒れたりしないだろうか。緊張する。勉強するのに緊張だなんて、おかしな話だけど。

「ご飯、先に食べちゃいなさいね。準備できてるから」

お母さんがテーブルの上に4人分のフォークとサラダを用意するのを見て、思わず蓮二お兄ちゃんの顔を見つめてしまう。

「蓮二お兄ちゃんも、食べるの?」
「嫌か?」
「ううん!!そうじゃなくて……ひ、久しぶりだなって!」

嫌なわけが、ない!蓮二お兄ちゃんと食事だなんて、小学校以来かもしれない。お兄ちゃんはずっとテニスで忙しかったから私の家に来る事も、私がお兄ちゃんの家に行く事もめっきり減ってしまったから、こうしてお話するのも久しぶりの事なのだ。私は急いでソックスを洗濯機へと放り込みに洗面所へと走り、手をばしゃばしゃと洗う。それから、冷たい水で冷えた手を少し赤くなっている顔にぴたりと当てた。
嗚呼、相変わらず私の想い人はかっこいい。





「ひな、最近学校はどうだ?」
「あはは、パパみたい!私達、一緒の学校通ってるのに全く会えないもんね。…うんとね、最近は部活が大変」
「3年が引退したからな」
「そうなの。あ、そういえば蓮二お兄ちゃんは進級試験大丈夫?」
「それなりにな」
「うそ、余裕なクセに」

食後、数年間の空白を埋めるようにお話をしながら、私の一番苦手である数学を見てもらっていた。お兄ちゃんは本当に頭が良い。頭が良い上に教え方も上手いのだと、赤也に聞いた事がある。だからこそお母さんも頼んだんだと思うけど。
家庭教師だというから、もっと厳しいのを想像していたが、やっぱり蓮二お兄ちゃんはすごく優しくて、昔の蓮二お兄ちゃんのままだった。時折触れる指先がすごく、あったかい。

「ひなは、本当にオレと同じ高等部に来るのか?」

不意にそんな事を聞かれて、私は先程のお母さんの発言を思い出してまた顔を燃え上がらせるように真っ赤にした。ばくばくと心臓が煩い。なにか、話さないと。

「お、お母さんが、行って欲しいらしいし」

よりによって出てきたのはこの言葉だった。蓮二お兄ちゃんはしばらく黙った後、また口を開く。

「お前の希望じゃないのか?他に行きたい学校があるなら言えば良い。県内ならおばさんも許してくれるだろう」

私は、お兄ちゃんの後を追い掛けたいのに。可笑しな意味に捉えられてしまったのかもしれない。訂正しなくちゃならないのに、言葉がうまく出てこない。

「別にオレと同じ学校で学ばなくたって良いだろう。おばさんが行かせたがってるだけなんだろう?無理する事はない。外部受験をするなら、それなりに勉強の方向性も変えなくてはならないな」

違う、違うのに。決定的な一言が言えない。好きな人と、貴方と、同じ所に行きたい。
たったそれだけの事が言えない自分に、腹さえ立ってくる。

「……と、友達も皆そのまま高等部進むらしいし…」
「…」
「赤也でも高等部進むのに、」
「…やはり好きな奴と同じ所に進みたいものか」

蓮二お兄ちゃんの言葉に、私は勢いよく顔をあげる。私の気持ち、バレてしまったんだろうか。どうしよう、どうしよう。お兄ちゃんはデータ集めが趣味?特技?なので、そんな情報くらい知っていて当然なのかもしれないが、本人に言われてしまうと恥ずかしくて居たたまれない。
顔を蒼くしたり赤くしたり忙しい私の頭をポンと叩いて、蓮二お兄ちゃんはゆうるりと口端をあげる。嗚呼、やっぱり、かっこいい。

「――…なら赤也にも進学できるように喝をいれないとな」
「…え?」

どうして赤也がそこで出てくるの?
なんて言葉も出てこないくらいにポカンとちょっと間抜けな顔をする私に、蓮二お兄ちゃんは不思議そうな顔をする。しばらく二人の間に、なんとも言えない空気が流れた。

「…赤也が好きなんだろう?」
「……赤也?」
「赤也もえらくお前を気に入っていた」
「えっ、赤也はただの友達だよ」
「…?」
「?」

二人してはてなマークを頭の上に浮かべる。えええ、赤也はない。赤也はないよ。私が蓮二お兄ちゃんの事好きなの知ってて、色々意地悪してくるし。
(昨日柳さんとファミレス行ったんだとか、勉強教えてもらったんだとか)(彼にとっては報告なのか知らないけども、羨ましい!)

「……えっと、そりゃ…す、すっ好きな人と同じ所に進みたいのは…確かだけど、赤也は違うよ」
「じゃあ?」

追い詰められた。
私はシャーペンをぎゅうと握り締めたまま、恐る恐る蓮二お兄ちゃんを見上げる。

「…絶対笑わない?」
「場合による」
「驚かない?」
「多分な」

そう言った蓮二お兄ちゃんは、柔らかい笑みを浮かべていた。その優しい笑顔に促されるままに、私は覚悟を決めてゆっくりと口を開いた。

「……ちゃん、」
「ん?」
「蓮二……お兄ちゃん…だったり……して……」
「……、」

どうしよう、言ってしまった。好きな人と同じ学校に行きたい、なんて言った後にこれじゃ、告白と一緒なのに、嗚呼、恥ずかしい。そうか、私、ついに告白しちゃったんだ。

「…笑う…と言うより…笑えないな…」

ドキドキした気持ちは、蓮二お兄ちゃんのこの一言で一気に熱を失ったように、さっと冷めてしまう。別に、両想いになりたいだなんて大それた事を考えていたわけじゃないけど、やっぱり、フラレるのは堪える。嗚呼、告白、間違いだったかな、どうしよう。

「本当に、赤也じゃなくてオレなのか?」
「…ごめんなさい」

迷惑なのかもしれない。従姉妹に告白されるなんて、振るにしても気まずい事間違いなしなのに。もう一度、ごめんなさいと震える声で謝った。まだ、顔はあげられない。

「…謝るな」
「だって…」

とうとう泣き出した私に、蓮二お兄ちゃんは困惑したようにひな、と私の名を呼んだ。泣いたらもっと迷惑だって、わかってるのに、止まらない。

「……俺も好きだ」

―――…時が、止まったようにさえ、感じた。顔を優しくあげられて、額に柔らかくて温かいモノがそっと触れる。それから、目尻に溜まった涙を拭う優しい指先に、私は更に涙が止まらなくなる。蓮二お兄ちゃんが、苦笑した。

「どうして泣く」
「う、嬉しく、て」
「…ああ」

蓮二お兄ちゃんは私が泣き止むまでずっと背中を撫でてくれていた。赤くなった上に涙の膜が張ってぼんやりとした視界で、蓮二お兄ちゃんを見上げれば、彼は相変わらず優しく笑っていた。
そうだ、この涙が止まったら解きかけの問題を解こう。そうして、一歩ずつ貴方に近付くんだ。大好きな人の傍で、来年も再来年も、その先までもずっと笑っていられるように。
蓮二お兄ちゃんの温かい手がするりと頬を撫でる。それだけで私はまた、泣いてしまいそうになりながらも、確かな幸せに包まれていた。










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