下にいくほど新しい
教えて、偉い人!(柳)
「お前さん、参謀と付き合い始めたって本当か?」
朝から、やけに女子がよそよそしかった。その上、私の方をちらちらと見ながら何やら話してる様子で。正直何も心当たりはなくて、15年間生きてきてもしや初のイジメというやつなのだろうか、なんて考え始めた所で、前の席の仁王くんが突然こんな事を切り出してきた。私は次の授業の教科書を用意する手を止めて「参謀?」と首を傾げた。なんか、偉そうな名前だな。
「参謀、あー…うちの部の、柳蓮二ぜよ」
「ええ?柳?くん?」
途端、ざわっと周りが騒がしくなる。やっぱり、だなんて声も聞こえてきてますます訳が分からずに辺りを見渡す。誰、誰なのそれ。というより、こんなマンモス校の生徒の名前なんて一々覚えてたらキリがない。クラスメートの名前を覚えるのだって大変だったのに。
「柳くん、と私が付き合ってる?」
「違うんか?」
「違うけど」
そんな私に仁王くんはやっぱりなぁなんて呟いて溜め息をついた。
「おまんと参謀が喋っとる所なんて、一度も見たことなかったしのう。どうやって知り合ったのか不思議に思っとったんじゃ」
「え、仁王くんの中で解決した所悪いんだけど、なんでそんな噂が広まってるの」
「俺は昨日部活で丸井から聞いたぜよ」
その言葉にぐるりと教室を見渡して丸井くんの姿を探せば、丸井くんはちょうど教室に入って来る所だった。丸井くん!と叫べば丸井くんはあっ、参謀の彼女、だなんて意味の分からない事を言いながら此方へと近寄ってくる。
「違う!付き合って、ない!」
「はあ?だって柳生が」
「柳生くんって誰?」
「おまんはどれだけ他人に興味ないんじゃ」
呆れたような顔をした仁王くんを引き連れてやって来たのは、A組。A組は隣のクラスだし友達もいるけど、男子の名前はよく分からない。仁王くんは躊躇う事なく教室の中へと入って行く。
「やーぎゅ、こいつがおまんに用があるらしいぜよ」
「すみません初対面なのに」
「はい、なにか?」
柳生くんは、かけていた眼鏡をくいと上げながら微笑んでくれた。優しそうな人だ。私は安心して事の成り行きを短く、簡潔に話す。
「と、いうわけなんですけど」
「あれ、おかしいですね……私は幸村君から聞いたので、確かな情報だと思っていたのですが」
「幸村くん」
「お、知っとるか?」
「クラスまでは分からない」
仁王くんは私の言葉にまた呆れたように溜め息をつく。ついてきてもらってこう言うのもなんだけど、この人ちょっと失礼。元はと言えばこんな訳の分からない噂流した人が悪いんだから、私のせいじゃないじゃない。
「俺は真田から聞いたけど」
幸村くんと言えば、テニス部の部長さんで校内ではかなり有名な人間だった。人の顔と名前を覚えるのが苦手な私でも、毎日毎日あれだけ彼の名前を聞けば覚えるというものだ。にこにこと人当たりの良い笑みを浮かべた幸村くんは、また新たな人の名前を口に出した。なにこれなんてゲーム?
「真田ってあの風紀委員の」
「A組だよ。もう教室にいると思うから行ってきたら?」
「またA組か」
はあ、と今度は私が溜め息をついて幸村くんにお礼を言った。頑張ってね、なんて笑って手を振る幸村くんに内心何を頑張れというの!なんて毒づいてもみたりする。あくまで心の中でだ。なのに顔に感情が出やすいらしい私に、幸村くんは笑顔を浮かべたまま「すぐ分かるから」と小さく呟いてくれた。よく分からないけど、頷いておいた。
真田くんのクラスへと行くと、柳生くんがどうしたんですとまた声をかけてきた。ごめんね今度は貴方じゃないんだ。キョロキョロと教室を見渡せば、窓際の一番前の席に座る真田くんを見つけた。真田くん!と声をかければとても驚いたように目を瞬かせた後「桃瀬か」と応えてくれる。っていうか、あれ、なんで私の名前知ってるの。
「蓮二の彼女だそうだな」
「蓮二って誰?」
「柳の事じゃ」
「あっ、違います彼女じゃないです」
鳥頭か、だなんて酷い事を言う仁王くんは無視して、真田くんにもまた、事のあらましを説明する。仁王くんから始まり丸井くん、柳生くん、幸村くんときて真田くんに繋がった。もう朝休み終わるんですけど。
「そうか…誤解だったのか。俺はジャッカルに聞いたが」
「あのハーフの人かな。見かけた事ある」
「I組だな」
「遠い!」
仁王くんは何も言わずに着いてきてくれる。暇なのかな、興味があるのかな。どちらにせよ、他人に疎い私にとっては今、なくてはならない存在だ。有難い。
「俺は赤也から聞いたんだがな。やっぱりガセか」
ジャッカル君と仁王くんが言うには、赤也くんとやらは2年生らしい。ああ、でももう朝休み終わっちゃう、無理。2年の教室まで行って事情聴取する時間もなく、私と仁王くんは仕方なく1限目の後の10分休みまで待つ事となる。1限目の国語の間中、なんだかずっとそわそわしていた。柳蓮二くん、誰なんだろう。逢った事もない人と恋人だなんて噂が流れるなんて、なんか不思議な感じだ。それとも逢った事はあるのかな。私が忘れてるだけなのかな。でも、そんな噂が立つかもしれない程に仲良くしたなら、名前くらいは覚えてるはずだもん。ホントに、謎。
「あ、仁王先輩!チーッス!」
「よう赤也。こいつがお前さんに用があるらしくてのう」
「えっ、俺にっスか!」
「変な想像するんじゃなか。参謀の彼女ぜよ」
「えっ、あーこの人が」
「彼女じゃ、ない!誤解なの!なんか皆が噂してて、噂の発端は誰なんだろうって…」
「俺、柳先輩本人に聞きましたけど」
えっ。
私の動きが固まったにも拘わらず、赤也くんは柳先輩がどうたらこうたら、話している。しかし私は聞いていない。ついに私は、柳くん本人にお話を聞くはめになったのだ。
「参謀はF組じゃ」
「……うっ、無理、なんかすごいテンパるなんて言えばいいの?私と貴方って付き合ってるらしいですね、みたいな?本人目の前にしてどう言えばいいの?」
「参謀!」
「ああああ待って仁王くんホントにやめて心の準備、が」
「なんだ、仁王か」
教室から姿を現したのは、すらっとしたなんとも綺麗な人だった。閉じられた目。長い睫毛。さらさらの髪。下手したら女の私より綺麗な肌。どうしよう、すごい美人さんだ。今までお話を聞かせてくれた人達もかっこよかったりしたが、なんだかジャンルが違う。いやにドキドキする。その上、この人と私が付き合ってる?そりゃ皆ざわざわもするよね、びっくりする程不釣り合い!
「……どうかしたか?」
「あっ、あの、いや……」
「俺を見られても困るぜよ」
仁王くんマジ役立たず!さっき着いてきてくれて親切だな有難いなとか思ったの、取り消してやる!
心を決めて、私は柳くんに向き直った。柳くんは相変わらず、綺麗な笑みを浮かべている。
「あの、噂、聞きましたか」
「噂?」
「ええと、私、桃瀬ひなっていうんですけど……その…、私と、柳くんが、付き合ってるとか、いう……。私、仁王くんから聞いて、えっと、」
「色んな人間を巡り巡って俺に辿り着いたと?」
「はい!えっ、」
なんで巡り巡った事をこの人が知ってるんだろう。ポカンとしながら柳くんを見つめると、柳くんは桃瀬、と私の名前を呼んだ。
「お前が俺の元に朝休みの内に来る確率は、64%だった」
「はあ」
「しかしそれが遅れた事により1限目の間中俺の事を考え、俺により興味を抱いた確率、89%…違うか?」
どや!みたいな顔をされても、私はなんと答えればいいのだろう。心なしか、彼に抱いた第一印象の清廉さというか綺麗さというか、そんなものが薄れていくような気がした。隣にいる仁王くんはなんだかにやにや笑っている。なんなの。
「全ては俺が仕組んだ」
「えっ」
「お前が巡り巡ってここまで辿り着くよう、噂を流した。途中で逸れる事ないよう、仁王をお前に着かせてな」
だからこの人ずっと着いてきてたのか!もう仁王くんなんて二度と信用しない!
よく状況が呑み込めないままアホ面で柳くんをまじまじと見つめる私に、柳くんはフッと笑って私の髪にそっと触れた。と思えば柳くんの端正な顔がそっと近付いてきて、教室から、廊下から、歓声やらざわめきやらが起こる。なに、これ。なにが起こったの。えっ?ほっぺ、少しだけ濡れてる。熱い。
「あの噂を、俺は真実にするつもりでいる。付き合ってくれないか」
ほっぺにキス、された上に告白までされて、しかも人前だし、仁王くん隣にいるし、皆キャーだのいいぞだの騒いでるし、私の頭は上手く回らないし、もうどうすればいいのか分からない。私、絶対に顔真っ赤だ。熱い。
柳くんなんて初対面で今まで知りもしなかったのに、突然キスもされたのに、なんだかドキドキしてる自分がいた。チャイムが鳴る。柳くんの顔、まともに見れない。どうしよう、どうすればいいの!
教えて、偉い人!
まずはお友達からだなんて言える雰囲気じゃないし、断るのもなんか違う気がする!ああもう、どうすればいいの!
(1から10まで仕組んでる柳さん)