下にいくほど新しい


千石くんとプール掃除


「めんどくさい」
「ひなちゃんそんな事言わずに〜絶対結構楽しいよ」
「やだやだ帰る!千石一人でやりなよ」

ローファーを靴箱から取り出す私の肩を抱いて、千石はそんな事言わずにさぁ、と私の顔を笑顔で覗き込む。
一年に一度あるかないかの頻度なのに今日に限って遅刻してしまったのは、今日の私の運勢がいかによろしくないかという事だったんだろう。遅刻者に放課後のプール掃除を命じたのは風紀担当の先生で、しかも今日に限って遅刻してきたのは私とクラスメイトの千石だけという、奇跡っぷりである。いつもは皆もっと遅刻してくるくせに、何か事前情報を得ていたが如く遅刻を回避し結果、プール掃除を回避したらしい。
二人でプール掃除とか、あんな広いところを二人だけでとか、先生はおふざけもいいところだ。それなら風紀乱しや遅刻常習犯の亜久津にやらせればいいのに。どうやら今日は遅刻どころか学校にすら来てないらしい。あの不良めが。

「そんな事言っていいの?先生に言い付けちゃうよ」
「…千石って女の子には優しいんじゃなかったの!」
「女の子と二人で楽しい事が出来るなら、話は別だよ」
「楽しい事って…なんも楽しくないよ」

反論するが、ほら早く、と私のローファーは拐われて千石はそのままプールの方へと歩いていく。ローファーを持って行かれては、帰れない。はあー、と少し離れてしまった千石にも聞こえるくらい大きな溜め息をついて、渋々のその背中を追った。



最近栓を抜いたらしいプールの中は見るからにぬめってそうで、汚そうで、ぶるりと寒気がする。やっぱり帰れば良かった。体育用のスニーカーとかで帰れば良かった!

「あーもうめんどくさい…やだー…」
「ひなちゃん体操着は?」
「え…今日体育ないし持って来てないけど」

それじゃあ、と呟いた千石がいきなり服を脱ぎ出したので、私は思わずぎゃー!と叫んで傍にあった空のバケツを投げつけた。それは見事千石の頭にクリーンヒットし、千石は小さく呻いてプールサイドに膝をつく。

「なにするのひなちゃん…」
「な、なにするのはこっちの!台詞!」
「今からプール掃除するんだし、濡れてもいいようにシャツ貸してあげようとしただけだってば〜」

なんでシャツの下に何も着てないの、普通Tシャツとか何か着るでしょ。まともに千石の方を見れずにそっぽ向いたまま、じゃあシャツ貸して、と手だけ差し出してシャツを受け取る。そのまま振り返ることなくプール用の更衣室までダッシュすれば、心臓がばくばく煩いのが嫌と言うほど分かった。な、なにもあいつなんかにときめかなくても。
落ち着く暇もなく自分のシャツを脱いで、千石のシャツへと袖を通す。いつも千石から香ってくる淡い香水のかおりが鼻を擽り、なんだか余計いたたまれない気持ちになった。スカートを脱いで短パンになり、一度深呼吸してから再びプールサイドへと向かう。どうやらズボンの裾を折っていたらしい千石は、私の姿を見るなり「彼シャツだね!」と恥ずかしい事を大声で言いやがった。

「ち、ちがう!ただ借りただけじゃん」
「経緯はどうあれそれは彼シャツっていうんだよ」
「千石別に私の彼氏じゃないし」
「俺はひなちゃんの彼氏になるのは大歓迎だよ」

減らず口。でまかせばっかりぺらぺらと。ムスッとして千石を睨みつけながら、とっとと終わらせようよ!と呼び掛ければ千石は立て掛けておいたらしいデッキブラシを私に手渡した。

「ホースは繋いでおいたから、水掛けながら擦っていってね」

千石はひょいとプールに降りていって、水が既に放出されているホースを手にとって汚れた箇所へと向ける。私もそれに続くようにプールに降りれば、まだこの季節冷水は冷たくてふるりと思わず身震いしてしまった。
デッキブラシを構え、ホースを片手にゴシゴシと底を擦っていく。汚いものや気持ちの悪いものは出来るだけ視野に入れないように無心に黙々と掃除していると、不意に水しぶきが空から降ってきた。雨?と不思議に思って上を向けば、どうやらそれは千石が悪戯に上に向けたホースが降らした水らしい。ご丁寧に先っちょを摘まんで水が細かく飛び散るようにしている。

「ねえ千石、真面目にやって早く帰ろう」
「え〜こうしてふざけながらやるのが楽しいのになぁ」
「楽しくないよ、冷たいし、う、わあっ!」

ダンッ!とデッキブラシを叩きつけた反動で、ぬるぬるした底と相まって私はお尻からすてんと転けてしまう。ぎゃっ!と起き上がろうとするともう一回。千石はホースを放り出して「大丈夫!?」と私に駆け寄ってきた。私、ダサい。最悪。
千石に両手を引かれて起き上がっても、短パンはぐっしょり濡れてしまってとても気持ちが悪い。思わず脱ぎたい、とげんなりしながら口にすれば、千石は俺のジャージで良かったら貸すよ、と眉を下げる。しかし下着も濡れてしまっているので、履き替えても無駄だろう。

「…あーいいよ」
「もしかしてパンツも濡れちゃった?」
「!う、うるさいな!こんなん掃除してたら乾くし」

デッキブラシを手に床を擦る作業を再開させれば、千石は最悪下着脱いでスカート履けばいいよ、なんて実に楽しげに提案してくる。それただの痴女だろうが、ふざけんな。
イラッとした感情に任せてさっき千石がしていたみたいにホースの先を摘まんで水しぶきを飛ばしてやれば、素肌に冷水が当たるのはさすがに冷たいらしく、ひなちゃんやめて!と悲痛な叫びが返ってきた。

「ほらほらふざけながらやるのが楽しいんでしょ」
「ちょ、マジで冷たいよ!」

やったなと言わんばかりに水が此方にもかけられる。シャツに水が張り付くのを感じながら、これ千石のシャツじゃん!と言えば部活のユニフォームの上から学ラン羽織るし平気〜と余裕な声で答える千石に、更に強く先を摘まみ水を飛ばした。実に千石は楽しそうである。

お互い再起不能なくらいにびしょびしょに濡れてから、春の暖かい風が吹き抜ける。その風すら寒く感じてくしゃみをひとつ溢せば、千石もそれが移ったかのように大きくくしゅんとくしゃみをした。なにやってるんだか、と思い返して恥ずかしくなったけども、千石が楽しいね!とにこにこしながら掃除を再開し始めたのを見て、私もなんだか笑えてきてしまう。まあ、別に悪くはないかも。


―――――――――
というわけで、千石くんとラブ成分もコメ成分も見当たらないラブコメってなんだろう状態のお話を、要さんにお送り致します。プール掃除以外と楽しいですよね。
今後もどうぞよろしくお願いします!








「#学園」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -