下にいくほど新しい
年頃だから恥ずかしくないもん!(赤也)
※親愛なる境さんの1万ヒットを記念して捧げる!
※とっても思春期注意
いつもの帰り道、DVD借りて俺ん家で観よう、と誘ってきたのはひな先輩の方だった。ひな先輩とは付き合ってもう半年近くになるものの、お互いの家に入った事なんてなかったのだ。あまりにいきなりの展開に、俺はしばらく固まったままで何と返事しようか考えあぐねていたけど「やっぱりいきなりは駄目かな?」なんて申し訳なさそうなひな先輩の顔を見て、俺はぶんぶんと首を横に振る。
「え、でもなんでそんな、突然…?」
「今日ね、5枚借りても1000円なんだって」
「……はあ」
そんな日なんて、これまでに何度もあったはずだ。どうして今日、このタイミングで。何か、何かあるはずだ。考えろ。そう念じてあれこれと思考を巡らせるが、特に何も思い浮かばない。半年記念…はこの前迎えたばっかりだし、誕生日でもないし。
「…そういえば、今日俺ん家誰もいないんスけど、ご飯とか」
「知ってるよ〜赤也くんこの前言ってたじゃん。だからDVD観るついでに作ってあげようかと思って。DVD借りたら買い物も行こうね」
そう言ってにこりと笑うひな先輩に、俺はまるで雷に打たれたような感覚を味わう。これ、だ。これかもしれない。俺の家に誰もいないのを知ってて、なおも上がりたがる。これが噂の彼女からのサインってやつなのか。えっ、俺こういうの初めてでわかんねぇ誰か教えてください。レンタルビデオ店に入る先輩にちょっとトイレ行ってるんで適当に選んどいてください!と言い残し、急いで携帯を取り出す。あああ、こういう時誰に相談すりゃいいんだ?仁王先輩?いやでもあの人、彼女らしい彼女見た事ねぇし却下。幸村部長…には相談したらしばらく弄ばれそうだし、真田副部長は論外。柳生先輩には破廉恥とか言われて怒られそうだし、ジャッカル先輩には茶化されて終わりそうだし…柳先輩は意外とこういうの適当にあしらうから却下で、って事は、ああもう!
「はあ?そんな事でいちいち電話かけてくんなよ」
「丸井先輩〜!どうすりゃいいんスか!」
「それはひな本人に聞けよ。でもまあ、お前以外にいない家に上がりたがるっつーくらいなら、そろそろひなも先に進みたいんじゃね?」
「先?」
「お前らヤッた事ねーらしいし?」
げほ、と盛大に咳き込めば、店に入っていく女子中学生が此方を不思議そうにちらりと見やった。くそ、見んな。電話の向こうでケラケラと笑う丸井先輩は、やっぱりな〜なんて暢気な声を出す。
「そういう話になるとひなの奴すぐに赤くなって逃げるもんだから、まあ普通はそう思うだろぃ?」
「ひな先輩の前でそんな話しないでくださいよ!」
「へいへい。ま、ゴムは買っとけよ。んで、どうだったか明日聞かせろよな!そんじゃな」
「ちょっ、」
待ってくださいよ!という叫び虚しく丸井先輩は電話を切りやがった。結局散々笑われてゴムは買えっつー事くらいしか分かんなかったとか、まじ丸井先輩使えねーはい人選ミス。
携帯をポケットに突っ込んで店に入れば、ひな先輩はちょうどレジに並んでる所だった。遅いからホントに適当に選んじゃったよ、なんて言いながらふわりと笑うひな先輩を見つめながら、ああ今日この人とセックスするのか、なんて身も蓋もない事を考える。そう思うだけで、少し触れられるのにさえドキッとしたり、ふっくらとした唇にばかり視線がいく。
でももし、もし、ひな先輩がそういう意図もなくただ俺の家に遊びに来たいだけだったなら、軽蔑モンだよなぁ、あああもうどうすればいいのかわかんねぇ!こういうの直接聞くのもあれだし、つーかどのタイミングでゴムとか買うの俺。
「お菓子ならスーパーで買えばいいのに」
「ドラッグストアで買った方が安いんですって」
「うんまあ、それはそうだけど……あっ、チョコも食べる!」
そう言ってカゴにチョコの袋を入れるひな先輩に、あっちょっと電話かかってきたみたいなんで、と言ってお金を渡せば「またぁ?」なんて言いながら小さく手を振ってくれた。それを見届けてから、レジから少し離れた棚へと急ぐ。今まで通り過ぎる度にちらちら見てたりはしたけども、実際こうして棚の目の前に立って買うのは初めてなわけであって、知り合いにあったら爆発するなと思った色んな意味で。こういうのって何がオススメなのか全くわかんねー、オススメって書いてるやつがオススメなのか?何がどうオススメ?薄いとか香りつきとかああだこうだと書かれているパッケージを見つめているわけにもいかず、パッと適当に手に取って一番近いレジに並ぶ。あーもう、余裕ねえ。ちらりと向こう側のレジで並んでいるはずのひな先輩を見やれば、何故かそこに先輩の姿はなく。
嫌な予感がするのと、ひな先輩が俺の制服の裾を掴んで「赤也くん」と呼び掛けるのは、ほぼ同時の出来事だった。店員はまだ商品を袋に入れてもいなかった。おいまじ、なんでそんなトロいの何か俺に恨みでもあんの。ばっちり俺が購入したものを見たらしいひな先輩は、一瞬ぽかんとしたような顔をしたかと思えば、きゅっと唇を結んで何も言わずに俯いた。その姿を見て、さっと全身の体温が下がるような感覚さえする。
そのままぎこちなく店員から受け取った商品を鞄の中に滑り込ませると、ひな先輩の手から荷物を受け取った。店を出てからも先輩は何も喋らない。
ホント丸井先輩アテになんねぇ、完全にひな先輩はそんなつもりなかったってパターンなんじゃねぇの、これ。鞄の中のゴムは暫く封印。つーか、今、この気まずさをどう乗り越えればいいんだよ。
「……ひなせんぱ、」
「赤也くんはさあ」
話し掛けようとした時に、ひな先輩の声が重なる。軽蔑される、なら百歩譲ってまだいい。これがきっかけで別れるとかなったら俺まじ、生きていけな、
「私でいいの?」
「……は?」
「…さっきの、私とのために買ったんじゃ、ないの?」
「何言ってんスか、ひな先輩以外に誰と、」
そこまで言ってハッとなって口を閉じる。ひな先輩は真っ赤な顔をしたまま、俺の袖をきゅうと握って「私今日、ママに友達の家に泊まるって連絡入れたの」と小さな、本当に小さな声で囁いた。それでも俺の耳を擽るには十分で、思わず変な声が出る。やばいくらいに心臓が煩くて、再び唇を引き結ぶひな先輩の瞳は少しだけ潤んでいた。
青の袋に入れられた箱の中身は、どうやら本日無事に使われる予定である。