スカイブルーメランコリー
  



(ジョジョ4部/露伴/病んでいる夢主が死ぬ)


僕は、名前よりも絵がうまいと思っていたし漫画を描く才能だって有ると思っていた。勿論、編集者等が僕の才を買ってくれたからこれは間違いようのない事実だと思っている。ただ、思うに。僕は名前の絵を下手だと思ったことはないという事だ。彼女の目は落ち窪んだように暗く、まるで何も映していないかのような狭い路地裏の様な暗がりだった。要するに彼女は精神安定剤、精神薬、睡眠薬、抗うつ薬の類を飲んでいる人間だという事だ。早い話纏めれば、名前という女は病んでいた。別に顔が悪いわけじゃない、客観的に見れば綺麗な部類に入るだろう(ただ生気を感じないが)。彼女は己の妄想に捕らわれて生きていた。故に、美人だが名前に近づく男も女もあまりいなかった。異分子として扱ったのだ。ある日、スケッチブックに一心不乱に何かを描いている彼女を見た時、芸術性すら感じた。



「なぁ、それ見せてくれるか?」僕が頼めば名前はキョトンとした顔をして「何で?」と病んだ笑みを浮かべた。「僕が気に成るからだ。一心不乱に何か描いていただろう?」そういうと、はあ、という深いため息を吐いて。「軽蔑しない?」と尋ねて確認をしっかり取った後に、それを見せてくれた。そこにはモンスターのようなものが描かれていたり、虹の橋で首吊りしている男の絵だったり様々だったが酷く心が疼き惹かれたのも事実だった。僕には無い物だった。僕は前述も述べたとおり、絵に関してはこの学校の中の誰よりもうまい自信がある。だけど、この狂気を表すのは酷く困難だと思った。



何故なら僕は当事者じゃない。きっと、こういう絵を真似て描くことはできる。きっと、これよりも上出来な奴をだ。しかし、この狂気を描いたところで僕は偽物の狂気を描くことに成る。僕は酷く名前という女子生徒が欲しくなった。恋愛的な意味ではない。この病んだ感受性が欲しくなったのだ。そして、僕は名前と行動を共にするように成った。僕は初めて人の感性が羨ましく成ったのだ。名前という女は生きるのが酷く大儀そうだった。何もかも面倒くさそうにしていて、食事を口に運ぶ時ですら、二、三口食べて終わる時だってあった。名前にとって生きるという事は最早作業だったのかもしれない。



月日が流れた。僕と名前が付き合っているんじゃないかと噂が流されたが僕はそんなことどうでもよかったし、名前も気にしている様子はなかった。何せ、そんなものは事実無根だったのだから、興味も沸かないし無意味である。僕は必死で名前の描いたものを模写した。それは全て心の苦しみ等を表していたのだと思う。僕はそれを興味本位で、いや、これから漫画家に成る自分の糧としてそれを模写した。僕に描けない物は無かった。どんどん名前の絵を描けるようになっていった。だが、しかし、それは模写でしかなかった。深淵を覗くことは出来ても、深淵にまで落ちることが出来なかったのだ。



そして、衝撃的なお仕舞。名前は大学に上がる前に死んだ。事故やそういう類じゃない。自殺だった。薬を大量にため込んでいて、それを一気に全部飲んだのだ。胃洗浄とか行われたが無意味だった。きっと、死に方なんて何でもよかったのだと思う。名前は僕と居る時ですら死にたいなぁ、と漏らす時があった。でも僕は真に受けなかった。死にたい死にたいと言っているうちは死にやしないとたかをくくっていたのだ。だが、名前は死んだ。呆気なく死んだ。仲が良いとされていた僕は葬儀に呼ばれたけれど、僕の思考回路はコンセントのコードが絡まったように複雑な物だった。僕は若しかしたら名前が好きだったのかもしれない。



大人に成った今、模写した絵を見返してもやはりそこには狂気は感じられなかった。これを、と名前の両親に渡されたスケッチブックを見返してやはり違うと僕は頭を抱えた。僕は結局、完全な狂気を描ける人間には成れなかったのだ。売れっ子漫画家に成った今でもあの深淵に憧憬する。唯一僕には得られなかったものだ、と。

Title Mr.RUSSO

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