魂の響きに伴奏を
  



(ジョジョ4部/吉良)

例えば、彼女では無く。その白魚の様な指先と手が好きだと伝えれば彼女は気持ち悪いと罵るだろうか。または、酷く軽蔑するだろうか。パチパチパチ、拍手喝采がそこいら中に乱れる。彼女はピアニストだった。スラリと長い指先はまるで魔法仕掛けの様に軽やかにダンスを踊るかのように鍵盤の上で踊る。白と黒のダンスを終えれば彼女は一礼をして、にこやかに微笑んで退場する。今日も一寸の狂いも無く、演奏を終えた。私はすぐさま、花屋で買ってきた、花束を片手に楽屋に回った。何人か私と同じことをしている人間も居たけれど、そんなの構いやしなかった。



「名字さん、今日も素敵な演奏でした。全くミスをしない上に暗譜をしているだなんて」これは手とか関係なしの素直な賞賛だった。彼女はピアニストとしては有名な方で名前が新聞や、テレビにも出る程だった。花束を渡せばスンと鼻を鳴らして匂いを嗅いで幸せそうな顔をした。「有難うございます。えっと、お名前は存じませんがいつも見に来てくださる方ですよね?何度も花束を有難うございます」「ええ。今日は貴女をイメージした花束を作ってきました」そういうと彼女は数度不思議そうに瞬いた後に、ふふっと可愛らしい笑みを零した。「まるで、魔法のような指先だ、とても手入れされていて、綺麗だ……」「あら、私の手が?そんなことはないわ。特別な手入れなんてしていないもの。私がしているのはピアノの練習とそれから、暗譜したり、感情を引き出すかとか、音楽に関係するものばかりよ」



そういいつつも褒められたことに照れたようで、はにかんでくれた。私はまだ、彼女を殺したくないと思っている。何せ、魔法仕掛けの指先が踊っているのを見られるのは生きている間だけだ。そして、今回の手は褪せることが無いと思うのだ。何せ、彼女の手には魔法がかかっている。何も手入れしないでこの美しさならばきっと、手入れすればもっと綺麗に成る。そう思うと欲が沸いてきた。「失礼でなければ私に手を手入れさせてもらえないだろうか?」「手を、ですか?」「ええ、この後良ければ私の行きつけの場所でディナーを摂りながらでもお話を聞いていただけないかと」名字さんは少し考える様な仕草をしたが直ぐに「はい」と頷いた。



私は名字さんを助手席に乗せて片手でハンドルを回しながら、彼女が弾いていた曲を車内に流した。「嫌だ、これ、二年も前の。そんなに前から通っていてくださったの?」「ええ、これが初めて聞いた貴女の曲です、確かパガニーニのラ・カンパネラでしたね。あれを聞いたとき驚きました。何せ、ウラディミール・ホロヴィッツすら演奏は不可能だと言った曲ですからね」名字さんは驚いたように数度瞬きをした。「お詳しいのですね。あれは私も難儀でしたよ。とても、難しくて挫折しかけました」そう言ってその音楽を聞きながら、ああ、此処はもっと別の方法で弾けたのではないのか、とかそういう思案に耽っているようだった。横目で彼女を見ればそっぽを向いていて、景色を楽しんでいるようだった。流れていく蛍光灯の光の粒、星々の煌めき、それから煌々と照らす月。今日は生憎、三日月だが。



車から降りて、彼女の方の扉を紳士的に開ける。「どうぞ」「御親切にどうも」「手で商売している方が手を怪我されては大変でしょう」そういうとそうね。とふんわり微笑んだ。ディナーは高級な場所だったが私の行きつけだった。普段普通を装っているが趣味が無いので、お金は溜まる一方だったのだ。名字さんが気に入るか、少し心配だったがわぁ、という歓声で杞憂だったなと思った。「素敵、こんな所でお食事できるなんて」「ふふふ、そう言って頂けると来たかいがありました」ワイングラスにロマネ・コンティをいれて貰い、乾杯と言ってチンと硝子と硝子がぶつかった音がした。「こんなに高いワインを飲むなんて初めて」そう言って、コクリとそれを少しだけ嚥下した。「それはよかった」食事が運ばれてきてもまだ、音楽の話をする名字さんは本当に音楽を愛し、音楽に愛された女性だと知って益々その指が、手が気に入った。



「綺麗な指だ、と。綺麗な手だ、と。ずっと思っていました。ピアノをやっている為に、すらりと長い指は鍵盤で踊るたびにまるで私が魔法にかかってしまったように魅了されてしまう」「まるで、私の手に、指に恋をしているみたいね、その言い方」そうかもしれない。といって、顔を赤らめ酔いが回ってきた彼女の手に自分の手を添えた。やはり、肌触りも良く、骨ばった自分の手とは違う柔らかな女性の手だった。違うのは今まで見てきた手のどれよりも美しいという事だ。玲瓏な声がして顔をあげた。「私の手が気に成るんですか?」「はい、毎日私が手入れをしたい。それからその手で撫でて欲しい、その手を」舐めたい。最後の言葉は尻切れ蜻蛉に成った。異常な性癖だと自分でも自覚はしている。だが、抑えられなかった。今まで殺した女の数等覚えていないし、此処最近はめっきり殺してはいない。何せ、彼女の指先に夢中なのだ。



「いいですよ?それくらいならば。手は、ピアニストにとって命ですからね。寧ろ有難いです」そういう彼女の手に自分の手を絡めて、私は明日から薬局で一番高いクリームを買いに行かねばと思った。

Title Mr.RUSSO

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