虫籠に、ひらり
  



(おそ松さん/トド松)


「おうえ……」明らかに飲みすぎている名前ちゃんを見ながら僕は溜息を吐いた。どうして此処まで飲んでいるのかと言うと、前の彼氏にこっぴどく振られたからだ。遡る事、数時間前、急に電話で呼びたてられた。僕はもうスタバァで働いていないし(スタバァの女の子からラインの返事も返ってこないしね!!)暇だったから、涙声の名前ちゃんに付き合うことにしたわけ。しかも、おごりだっていうからさ。でも、全然飲む気がしなかった。だって、名前ちゃんの振られ方聞いたらそれどころでなくなって、居てもたってもいられなくなった。僕に力があったら、そいつの顔面ぶん殴っているところだよ。



要約すると名前ちゃんは遊び相手だったようで、相手の男は二股をかけていて、名前ちゃんがそれに激怒したところ殴られたと言って腫れた頬を冷やしていたのだから。まだ、腫れが引かないのか痛々しい顔で僕を見ながら「私って本当馬鹿だよね、男見る目ぜんっぜん無いんだもん」僕に寄りかかりながら、ぽろぽろまた泣きだした。思い出すのが辛いのならば思い出さなければいいのに、僕が忘れさせてあげるよなんて下衆な事流石に言えなくて、僕は口を噤んで、への字にしていた。「トド松君が彼氏だったらよかったのにな」こういう辛い時に一緒に居てくれる、相談にも乗ってくれる、ってそれって自分の利益につながるからなんだけど。下心丸出しだったんだけど、伝わっていなかったみたい。



「じゃぁ、僕にしなよ。僕なら絶対に二股かけたりして泣かせたりしない、殴ったりもしない」君が働けっていうならまた、頑張ってスタバァはもう無理だけど、努力して仕事するから。ふふふ、って初めてその時名前ちゃんが笑った。「優しいんだね、」肩にコテンと頭を乗せて、僕に全てを委ねる様に、体を預けた。「付き合う?」「ううん、」あれ、此処は付き合うって、頷くところじゃないの?僕、なんか失敗した?やっぱりニートじゃ駄目かなぁ、って考えを改めていた所。「傷心気味の私に今のトド松君は眩しすぎるよ。酔いに任せて付き合うんじゃなくてちゃんとしたときに付き合ってください」訥々と彼女が綴った。ああ、どうしようもなく好きだったのに毎回違う男の所に蝶々が舞うように、ひらひら捕まえられなかった彼女を漸く捕まえた。



虫籠の中に一匹、美しく、されど傷付いた羽を携えた蝶々が一匹。ひらり、僕に捕まった。

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