隼総




苗字は不機嫌だった。いや、先ほどまでは上機嫌にパックに入ったココアをずるずると啜っていたのだが、先ほどからありもしない噂話と思われるものを聞いて不愉快に成っていた。もう誰も近づいてくるなオーラを出しながら、スカートなのも気にせずにどっかりと両足を机の上に置いて座っていたのだがまた、怖いもの知らずな女子がやってきて本日五度目の質問を浴びせられたのだ。「ねぇ、苗字さん。さっき聞いたんだけども、隼総君と付き合っているって本当?!」その女子の顔は驚きと悲しみが一緒に混じっていた。苗字は相変わらず不機嫌な様子で「何処で聞いたの」とどすをきかせた。本日五度目だったのだが、今日という日がエイプリルフールだったのを知っていたのでこれが嘘だとわかっていたのだ。だから、敢えて否定だけを繰り返していたのだが、それも嫌に成ったようであった。というのも、きいてくる人が多いのだ。本当に広まったらどうするんだと苗字も内心冷や汗をかき始めている。それには若干ひるんだものの女子は、好奇心(と、恐らく真実を聞きたいという心)が勝ったようであった。



「あ、あのね……隼総君……本人が色んな人に言っていたの」名前の顔色をうかがうように尋ねてみれば名前がハァ、あいつかとやっと合点がいったように言ってのけた。苗字は西野空あたりだろうと思っていたのだがどうやら、予想の右斜め上を行ったようであった。しかし、今日がエイプリルフールというのには変わらない。隼総の嘘なのである。「あのねぇ、今日って何かわかる?エイプリルフールだよ。あいつも、変な嘘をつくもんだね……」とあきれ顔だった。女子はようやく、今日が何の日なのかを思い出したようで安堵の表情を見せてはにかんだ。そして、苗字への用事も済んだらしく軽い足取りで友達の元へ帰って行って、報告をしていた。苗字がようやく腰を上げた。



行き先は決まっていた。隼総の元である。この下らない噂話、もとい……誤情報を止めるべくしてだ。いい加減、訂正するのも面倒くさくなったのである。ならば、元を何とかしなければならない。隼総は天河原の校舎を結ぶ橋の所でぼんやりとしていた。「隼総!」呼ばれて、隼総が顔をあげた。「ん?名前か。どうした?」「どうしたじゃないよ!あんたでしょ!さっきから女子がプリンスに彼女が出来たみたいな風な噂をするし、私に突撃してくるしいい加減、疲れたから!さっさと嘘でしたぁ!っていいなさいよ!」これ以上、質問攻めにあうのもひそひそ話にも耐えられないとヒステリー気味に叫んだ。隼総が瞳を細めて「ああー、あれか」と口元の紫色をゆがめた。「いいじゃないか。エイプリルフールなんだし。それとも、本当にしたほうがいいのか?」「きぃ!何よ!プリンス自意識過剰じゃないの?!」



「……あんたも短気だよな。ところで、話は変わるんだけどよ、」そこまで言ったくせにやや躊躇いがちに視線をまた、川へと落とした。苗字が急かすように「何?!」と怒れば覚悟を決めたようにまた向き直った。そして、真剣な声色で言ったのだ。「嘘を本当にする気はないか?」



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