プシュケの哀笑




(・年下夢主の話で、一方がふとした瞬間に「相手は私のことが好きなんだ」と気付く話)


父上が連れてきた娘は本当にただの娘と言った感じで私より二つほど年下であった。何故連れてこられたか、それは軍に、私に友達と言うものが居なかったからである。ひどく単純だったが、連れてこられた娘は私に頭を下げて「呂玲綺様、お逢いできて光栄です」と高いが決して不快ではない、鈴を転がすような声で言った。私は直ぐに頭をあげさせて、父上に礼を言って、その娘名前と友達に成った。初めての女友達であった。すぐに打ち解けた。女同士でしか、話せない話、買い物、化粧に甘味。どれも新鮮で、名前と居るだけで私は心安らげたのだ。名前はわかっているのかわかっていないのか、クスクス上品に笑っていたが、名前は特別な親友なのだ、私はそう思いたい。



何故ならば、私の父は鬼神呂布であったから、私の事を遠巻きに見るばかりで友達など出来やしなかったのだ。大抵は、萎縮しているか媚びてくるかのどちらかだった。だけど、名前はそのどちらでも無かったのだ。不思議な娘だと思っていたが、ある日こんな事を言っていた「私は、呂玲綺様に普通の女の子に成って貰いたいのです」「例えば?」「ふふ、例えば好きな殿方が出来た。とか」「……難しい話だな」名前と買ってきた肉まんを頬張りながら茶を啜る。名前は寂しげな瞳でこちらを見ていたが、やがては遠くの景色へと視線をやった。そんなのは無理な話なのだ、何処に逃げても、誰といても私は鬼神の娘というのがついてまわる。名前にはわかるまい。



「ふふ。呂玲綺様」「様はいい」「?」不思議そうに何度か瞬いていて私の言葉を待った。「お前は、私の友達として連れてこられたのだろう?様付けは可笑しい」「しかし、私の方が年下ですし」「二つ下だったな。まぁ、どちらにせよ、様はやめろ」そういうと「はい」とだけ言って「玲綺……」繰り言。慣れるために、繰り返す言葉。うっとりとした表情で呟いた。「玲綺……」どうして、たかが名前一つでそんなに嬉しそうにするのだろう?名前はそれから、少ししてまた、話を続けた。「玲綺、うふふ、でもね。連れてこられたという表現は間違っています」「どういうことだ?」「私、連れてこられたなんて微塵にも思っていませんもの。最初はどんな怖い方なのか、思っていましたが。私、玲綺に逢えてよかったと思っていますよ」



そう言って、私の顔に施していた化粧を見てほうっと熱の籠った息をついて「お綺麗ですよ」って言った。世辞だろう。と思った……。だけど、ふ、と気付いてしまったのだ。その熱の意味を……。この娘は、女は私を。いや、これはただの私の思い過ごしか?私は色恋には疎い。それに、私たちは同性ではないか。……確信は無い。ただ関係が壊れるのが恐ろしくて、言葉を噤んだ。男から向けられる熱は、知っている。だが、父上がまだ早いと全て遠ざけていた。だが、同性に向けられる熱は初めてだ。だから、わからない。親友だと思っていた相手に、好意を持たれるのは。



不自然な無言の空間。それに気が付いた名前が私に声をかける。「玲綺、どうかしましたか?」目を細めてまるで、愛おしい者でも見ているような、そんな目。ああ、駄目だ。そんな視線を向けられては……。私は気が付いてしまったのだ、もう遅い。困惑して固まっている私に白魚の様な指が髪の毛を梳いた。「名前……」「なんですか」「お前は私を、」そこから先の言葉を紡ぎだすのは些か難儀であった。震える唇から呼気が漏れた。緩慢な動作で、名前が私の髪の毛から手を離した。「玲綺、ええ。私は好いていますよ、お慕いしております。ですが、それはあくまで、友人としての好意です」この女、あくまでしらを切りとおすつもりなのだ。目が笑っていなかった。ただ、何処までも広がる暗がりだけが瞳の中を支配していた。真っ暗だ、何も見えない。



「玲綺、私たちは友達ですよね?」ね?と確認するように詰め寄る。ああ、そうだ、それがいいんだ。名前は狡猾だ。わかっているのだ、怜悧なのだ。超えてはいけない見えない線を知っているのだ。だから、こそ。敢えて私に、友達だと確認を取っているのだ。「……ああ、そうだな」だから、頷いた。この女を、名前を遠ざけるだけの権力を私は持っている。ただ、父上に言うだけでいい、別の女友達が欲しいとそれから、遠ざけるだけでいい。それを何故私はしなかったのか?結局、同じなのだ。答えは私の中にあり、今の答えに含意されている。私もこの女に心を奪われているのだ。 だから、友達という、甘ったるく何処までも平行線を辿るような関係に甘んじるのだ。



また、髪の毛を梳き始める。心地いい指先が私を撫で付ける。もう何にも考えなくていいと訴えかける様に。私は見なかった事、それに蓋をして。「最高の友人だ」と言った。それも何処か虚ろげで、大気に溶けて行った。


Title 箱庭

あとがき

いつもお世話に成っております。呂玲綺ちゃん書いたの多分二度目?くらいですかね。私も大好きなキャラです、うまく頂いた内容に添えたかわかりませんが、有難うございました!


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