実にぼくときみらしい終焉



(ヤンデレ光良/キチガイ等と言う表現があります)


世界は薄汚れていて、二酸化炭素と排気ガスに塗れていて、廃棄された生ゴミや塵芥に汚染されているというのに、それでも、世界は美しいと名前は言う。希望に満ちた瞳で、屋上から作り物のようなこの世界を俯瞰している。地球だって、寿命があって、あと幾年生きられるかわからない。若しかしたら明日にでも巨大隕石が落下して滅亡するかもしれないし、はたまた、遥か遠くの宇宙からやってきた宇宙人に侵略されて終わるかもしれない。だから、俺はこの世界に、希望を抱けないでいた。幸せに成りたいとは思う、されど、この腐敗した世界では幸せに等成れやしないのだと、心の何処かで薄らぼんやりと思っていた。だけど、目の前の名前は幸せそうに伸びをしていて、この世界に生まれ落ちたことに感謝していて、小鳥たちの歌、風の囀り、空の言葉に耳を傾けていた。「今日も綺麗だなあ」夕暮れ、昔で言う逢魔が時に差し掛かっていた。



「あはっ!そうかなぁ?!」「そうだよ。私たちは、この綺麗な世界で生きている」「俺はそう思わない!」本音だった。俺はよく後ろ指を指される。よく笑うのがいけないのかもしれない。最初は辛い事から逃げる為に笑っていた。少しでも痛みを軽減するために笑っていた。笑う事は、言わば逃避だった。あははっ!あーはははははははははは!って高笑い一つすれば、教官たちだって俺の事を虐めなくなった。だけど、俺の心の闇を象徴するような化身が出た時、教官たちは喜んだのと同時に何処か複雑な表情を皆張り付けていた。歪だったんだ。まるで、道化師とマジシャンを合体させたようなそんな化身だったのだ。道化師は俺、マジシャンはきっと、誰かを笑わせたり、幸せにさせたかった。そんな思いが詰まっていたのかもしれない。



だけど、そんな思いとは裏腹に皆、俺を忌避して俺の化身も俺自身も気持ち悪がった。俺はその時も笑っていた。「光良君ってなんか気持ち悪い」「顔はいいのにね」「何であんなに笑うの?」「キチガイ」どれも俺を忌み嫌う言葉の棘だった。だから、世界は俺の中では汚くて、何処までも救いが無くて、もう滅亡してほしいと思っていた。「こんな世界なんて滅んじゃえばいいんだよっ!あひゃっ!」「どうして?こんなに世界は美しいのに。何処かで人は死に、新たに生命が芽生え、花々は咲き乱れ、彩りを与えているというのに」それでも。俺の世界は死んでいるも同然なんだ。そんなふうに思える名前はきっと心が綺麗なんだろうな。ってちょっと羨望の眼差しを向けた。ふふって、小さく笑んで鞄を右肩から左肩に移した。「重たいね」「うん!」



名前という存在は唯一だった。俺を忌避せず、受け入れてくれる唯一だった。でも、俺は心の底からは信用できなかった。いつか、他の女子に混ざって俺を嘲笑する名前の夢を見たり、そういう嫌な想像を沢山した。いつ名前は裏切るのか、そう思って傍に居たのに、裏切る様子も無くて、俺の悪口を言う様子も無くて。俺だけが薄汚れていたのだと気が付いた。それから、噂で聞いた。あの光良のキチガイと一緒に居る女も頭が可笑しいって。俺はそれに腹が立って、がなり立てた。「名前はそんなんじゃない!」って。それからだった、俺は名前の傍が温かい陽だまりの様な場所だと気が付いたのは。でも、俺は殆どの人から嫌われているからやっぱり世界は汚くて理不尽で、どうしようもなく腐っていると思った。噂を立てられても、名前は俺と居てくれた。



「ねえ、夜桜」「なぁに?」小首を傾げて、じっと見つめれば名前の薄桃色の唇が形を作った。それは言の葉に成って俺へと差し出された。「あのね、夜桜の世界も綺麗に見えるようにしてあげたいの」「それは無理だよ。だって、皆俺の事キチガイだっていうもん、俺、こんな世界大嫌いだよ、」瞳を縁取る睫毛がふるふると小刻みに震えて、次第に小さな水滴を乗せた。水滴は瞳から溢れ出てきたもので、それは地面に向かって落ちて行く。そして、形を失い、何度も何度も地面に吸い込まれていくように、消えて行った。「泣かないで夜桜」「ぐすっ、ひっく……!俺は、俺は、こんな世界大嫌いだよっ!!俺は、普通に生きたかっただけなのに!」



瞬間、柔らかくて温かな痩身が俺を包み込んだ。「泣かないで、夜桜。私は、夜桜が大好きだよ。例え他の人全員敵に回しても。私が守ってあげる、だから泣かないで夜桜」俺はその痩身を抱きしめ返した。程なくして、俺はそっと少しだけ隙間を作ると、名前の頬に幼い口付けを施した。「俺も大好きっ!ぐすっ、」「あはは、夜桜、鼻が赤いよ」名前が世界に色を付けた。薄い水彩絵の具を何度も重ねたようなそんな不思議な色。でも、嫌じゃなかった。寧ろそれが心地よくて、もっと。とせがんでしまう程に美しかった。成る程、世界は思ったほど捨てた物じゃない。そう思えた。世界は決して、綺麗なだけじゃないけれど、思ったよりも汚れていないようだ。少なくとも、名前が居るだけで、世界は変わる。俺の世界は変わる。グルグルゆったりと回る地球の真ん中に足を付けて俺たちは幼いキスをした。まだしょっぱい涙の味がした。

Title 彗星

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