墜ちるはヒエラルキーの最下層



夏未が悪女に見える。



昔の話だが、確かに付き合っていた夏未に今、眼前に現実を突きつけられている。全く持って可笑しな話である。好きなもの同士付き合っていたというのに、今はそれを否定して来るのである。「貴女は可笑しいわ。女同士なんて所詮幸せになんか成れない」って、醒めた目をして紅茶色の髪の毛をくるくる指先に絡ませて弄びながら。だから、円堂を選んだの?と問えばそうよ、とさも当たり前と言わんばかりに言ってくる。可笑しな話である、当時は睦みあったというのに、その愛さえも否定しようとしているのだ。どんなに否定してもそれは、事実としてあり、大地に草花が根を広げるが如くしっかりと残っているのに。「私は幸せに成りたかったの」「私でも幸せに出来た」「嘘」女としての幸せを貴女は私に授ける事なんて出来やしなかったわ。そう言われた時、ガツンとハンマーで頭をたたき割られるが如くずっしりとした痛みが迸り、目の前がチカチカと点滅しているような錯覚に陥った。



「じゃぁ、聞くけれども円堂君の事が好きなの?」乾いた唇は罅割れて、血が滲む。「いいえ」答えは、否だった。「可笑しいのはそっちの方じゃないの」「幸せを求める事の何が可笑しいっていうの?」私は口を噤んだ。人は少なからず、幸せに成れる道を探している。諦め地面に膝を突き嘆く者もいるが、それは例外と言うものだ。エラー、エラー。脳内でエラーが発生している。いくつもの、思い出が泡沫の如く薄らぼんやりと浮かんではパチリとシャボン玉が割れる様に儚く消えてゆく。わかっているのだ。本当はわかっているのだ。私では夏未を幸せになお嫁さんになんか出来ないことくらい。頭の中でエラーを起こしていたが今はスパークしていて、火花が飛び散り引火した。



頭のほうぼうでは今大変なことに成っている。夏未の口がパクパクと緩慢な動作で動く。「あなたは、おかしい」夏未の声は耳がシャットアウトしていて、聞こえないのに目が夏未の口の動きを追いかけて、そう告げた。まだ続きがあるようだ。ああ、もうわかりたくなんて無い「しあわせになることを、ほうきしたうえで。なおも、ふこうのどうけしをえんじるの?わたしはなるわ、しあわせになるわ」幸せ幸せ。ずっしりと真綿が水を吸ったが如く重たく感じられる痩躯がゆっくり重心が傾き、頽れて膝を付きその場で涙をはらはらと零した。可笑しな話である、結婚とは、恋愛とはお互いが好きあっている、だから、幸せなのであって夏未の言うそれは本当に幸せなのか私には到底理解が追いつかない。幸せを得るために、好きでもない相手と付き合うのか?それは過程でしかない。ゆっくりとコツン、コツン、足音を響かせてやってくる。それは、夏未ではない。



「夏未」「ええ、円堂君。もう終わったわ、行きましょう」「ああ、名前は良いのか?」「いいのよ」そうきっぱりと言い切った夏未が踵を返した。私は夏未と円堂の背をただただ、しげしげと眺めるだけだった。「幸せって何?」少なくとも、私も夏未も幸せではないと思うのだ。幸せ、言い聞かせるように一度口にしてみたがどうも己には縁遠い物にしか思えなかった。そして、ゆっくり瞬きをしていて。私みたいな私が途方に暮れている。幸せとはかくも難しい物で、甘美な香りと、猛毒を含んだそれに近い。


Title リコリスの花束を

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