今宵、月を壊しに参ります



血を飲み物に混ぜる話。



ヴァンプ曰く、吸血鬼は若い女性の血を啜って生きながらえるものだということだ。だけど、ヴァンプは若い女性の血を、首筋を噛むのはとても甘美な味がするだろうが僕の矜持に反しているから、そんなことはできないという。そして、空腹で窶れながら困ったように笑むだけなのだ。私はだから、手首を切ってヴァンプが血の代わりにと求めた、トマトジュースの中に混ぜて、飲ませていた。最初は躊躇した。あんなに嫌がっているヴァンプに知らせずに飲ませることに対して。だけど、そんな罪悪感は、お腹を空かせてぼんやりとただ、日中の太陽のある日は日の光も避け木陰で休み、夜はぼんやりと星々のさざめきと、満月の小唄を聞くだけの日々を見て気が変わったのだ。ヴァンプも血を混ぜたその日からトマトジュースが美味しくなったって言ってくれたから、私は余計に血を流した。



「最近、トマトジュースが美味しいし、何だか健康的に成った気がするよ」白い肌を曝け出して、蝋燭の灯に手を近づけて暖を取っていた。私もヴァンプに寄り添って破顔して見せた。「そっか、トマトジュースね、新しいのに変えたんだ」「へぇ、何処のメーカー?ちょっと高い奴かな?ふふっ」ヴァンプが高いトマトジュースなら納得がいくなぁ、なんていうもんだから私はつい、頷いてしまって。「うん、そうだよ。ちょっと高いけど、ちょっとだからいいかなって?生活には支障が出ない程度の出費だから……」そういうと眉間に皺を寄せて神妙な顔つきに成って言った。「ふぅん、お金の事任せちゃって悪いね。僕はそういうのが苦手でね。人間の俗世って言うの?ああいうの苦手でさ。まぁ、これも運命か、」直ぐにそうやって運命って口にするのがなんだか、面白くてクスクス忍んだように笑えば笑わないでくれよとちょっと口を尖らせて、拗ねてしまった。



カッターの刃を宛てるときいつも震える、段々と血が出てこなくなる。何度も傷を重ねれば、そこは瘡蓋を作り、剥がれれば今度は前よりも固い皮膚になって再生される。それが繰り返される。つまり、私はドンドン強く深く切らなくては成らなくなっていた。ヴァンプは最近ずっと血を流しているせいで顔色の悪い私を心配してくれている。そういう、優しい所に惹かれたのだ。血も吸えないヴァンパイア……ヴァンプを愛している。「大丈夫かい?最近、顔色が悪いよ。僕のごはんの事はどうでもいいから、早く休んだ方が良い。僕は数日飲まず食わずでも死にはしないからね、人ならざるもののディスティニーかな、」ふっ、と鼻で少しだけ笑って私を部屋まで送ろうとしてくれたけど、私はそれを拒否して厨房まで行った。



「ああっ!いっ!!」ぼたぼたぼた。沢山血を流すにはより、深く、強く線を引く必要がある。痛みに堪えきれずに苦鳴を情けなく漏らせば、ヴァンプのご飯の出来上がり。後は、包帯を巻いて……。長袖を着て、これで後は人間の食べる食事を持っていけば完璧。今日はパンと、スープ、それからお魚と血液の入ったトマトジュース。毎回ヴァンプの美味しいってくれる言葉が好き、あの恍惚とした、表情が好き。優しいヴァンプが大好き。だけど、今日はなんか様子が可笑しかった。私の腕に注目しているような気がした。「……まさかね、まさかって思っていたんだ。でも、確証はなかった。僕は血の匂いを嗅ぎ慣れていなかったから。でも、本能はこれは血の匂いだって言っていた。それから、」私の白い長袖を見ると「あ……、」包帯を巻いたはずだったのに血が、滲んでいた。ヴァンプが悲しそうな顔をしていて。



そんな顔をさせたかったわけじゃあないのに、って胸がキュウと誰かに握られたみたいに苦しくなって。ヴァンプがゆっくり近づいてくる、吸血鬼の瞳をしていた。それに魅入られるように、私は瞬きが出来なかった。ただ、只管ヴァンプが来るのを屹立して待っていた。いや、待っていたという表現は間違っている、屹立しまるでそこに役目でもある機会の様に順守していたのだ、そこから動かないという事を。ヴァンプの骨ばった男の子の手が私の腕を労わる様に撫でて、包帯を解いて行った。「ああ、こんなに切り刻んで……、僕は、僕は」抗えないのかもしれない、吸血鬼としての本能に、それとも傷を癒そうとしているのか?わからない。ただ、騎士が一国の姫に傅く様に跪いて「愛しているよ、愛している、優しい名前が大好きだ」と言って、舐めた。丁寧に傷口がビリビリ、ヒリヒリ痛むのに。何故だか愛おしくて涙が出てきて、ヴァンプはそれに気が付くと涙も舐めとって、私の唇に唇を重ねるという単純で、だけど、とても大きな意味を含んだ行為をおこした。



「有難う、でも、もうしないでくれ。僕は名前が傷つくのは耐えられない。こんなに切り刻んでいるなんて知っていたら、僕は止めていたよ、僕は一生トマトジュースでいい、君を傷つけるくらいなら一生、ね」悲しげなヴァンプの瞳に射抜かれて、私は思わず抱き着きながら、うんうん。と頷いていた。もう、これで、おしまい。


Title カカリア

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