不協和音が奏でる物



不協和音が響いた。俺の指先から紡がれた音だと、数秒たったあとに気がついた。普段ならありえないところでミスを犯したのだ。手のひらが汗ばんでいた。「?」名前さんはよくわかっていないのか、首を傾げて急に動きを止めた俺を見つめていた。「す、すみません。ちょっと……今日は調子があまりよくないみたいで」お、可笑しい。幼い頃に発表会と称されたものに出たときですら此処まで手は汗ばんでいなかったし緊張だってしていなかった。まったくしていなかったといえば嘘になるし、俺はそういうのに弱かったから体調を崩したこともしばしば、あった。でも、今はそれよりも酷い。というか辛い。うわ。やばい、泣けてきた。そして、今回。ただの泣き虫とか先輩に思われたくなくて、自宅に招待してピアノを一曲演奏しようと思ったのだが緊張して思うように、指が動かない。まるで、真冬なのに手袋もなしに外に放り出されたように悴んでいる。思い当たる節といえば、俺が先輩に惚れているということくらいしかない。そしてこの痴態である。うわああっ!嘘だっ!こんなところで普段ミスなんて絶対にしないのに……!



「そっかー。仕方ないね」先輩は少し残念そうに、俺のほうを見上げて椅子から立ち上がった。時計に目を見やるとまだ、そんなに時間はたっていない。ピアノはともかく、まだ時間はたっぷりある。そう思ったが先輩は俺を気遣ってくれているようだった。「じゃ、私帰るね。調子悪いのなら、いつまでもいちゃ迷惑だろうし……」「め、迷惑じゃ。グス……」な、泣けてきた。そんな俺に気が付いたのか先輩はひどく優しげな顔で俺の頭にポンと手のひらを乗せてわしゃわしゃと少し乱暴目に撫でた。「もー、なんで泣くかなぁ?誰だって調子悪いときとかくらいあるでしょ。本当は神童君、とってもピアノがうまいことくらい知っているよ」



「……で、でも。俺」「寧ろさ、私、今日、神童がミスしたことの方が嬉しかったりして」なんで俺がミスしたのが嬉しかったのかわからずに、俺がやっても可愛くないだろうが首を傾げてみせた。まさか、名前さんが、人の不幸は蜜の味みたいな人だとは思えないし、そんな意地悪な人間ではない事をよく見ている俺がいるからわかる。じゃあ、なんで嬉しいのだろうと、頭の中で勝手に答えをはじき出そうとしていた時に、名前さんが答えた。「神童も人間らしいところがあるんだなぁって、私神童は完璧な人間だと思っていたから、私と世界が違うんだなと感じていたの。だから、近く感じられて嬉しいよ」と予想外の言葉を頂いた。まさか、そんなことを考えさせてしまっていたなんてと、俺は自分を少しだけ恨んだが、先輩の笑顔に溶かされて、もう考えられなくなった。先輩、俺期待しちゃいますけど、いいですか?

戻る

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -